サインの記憶。

03 11, 2017
写真-2

弥生 月齢12.6


それは、春先に出会う冬の足跡のようなもの。
それは、肌感覚で思い出させてくれるもの。

時と共に風化し形がなくなりゆけども、確かにそこにそれはあったと感覚が触れるサイン。


葉々の縁や表皮に朝露は細かな氷の結晶を形成せど、その脈には触れず。
小鳥の羽毛に朝露をそのまま固め残せど、その柔さには触れず。


陽がさすまでの僅かな時間。私はそれら全てと共に、自然界の長い瞬きに包容される。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




夢をみていた。どんな夢だったかは、今となっては覚えていない。 あの日、私は前夜から高熱を出して寝込んでいた。ゆえに森にも行けずにいた。

大きく揺れた。

薬草の詰まった瓶たちが音をたてていた。目覚めで何が起こったのかわからなかった。黒猫のヤブさんが私の顔を見たが、揺れが落ち着くと再び眠りについた。それをみて私も何もなかったかのように再び深い眠りに入っていった。


あの日、私の記憶はそこで一時停止している。長い瞬きのように。



あれから6年。6年後のこの日に。


後回しにして溜まりに溜まってしまった友人たちからのメールの返事をひとつひとつ返している週末。ただでさえ返事が滞りがちな私なのに、友人という関係に甘んじて更に返事が遅れている。丁寧に綴るには余りの数で、ただ返信をこなしているだけの自分がいた。



ふと、ジョウビタキが小窓にやってきてホバリングしてくる。「ちょっと待って」と話しても、何度もやってきては誘う。5回目ほどで気づく。「あ、そうか。ごめんごめん。今、よね」上着に手を伸ばし、裏庭の森へ。


声のする方に行ってみると、馴染みのその子は飛んでは止まり、止まっては飛び立ち、を繰り返す。微笑ましく後をついてゆくと、ニワトコの枝に止まり、ジョウビタキらしいシッポの踊りを披露してくる。
ニワトコの花芽が数日前よりも大分大きくなっていた。「あぁ、そろそろシロップ作りの支度を考えないとね。」気づけていなかった自分に驚く。



そのまま、森の奥へ。ジョウビタキは姿を消したけれど、同じ森にいることが肌で感じられた。いつもの場所で心がフラットになったところでふと想う。


明日、私が大好きなこの場所にいられるとは限らない事。
来年、私が大好きなこのニワトコのシロップを作れるとは限らない事。

知らない間に姿を消していたあなたに、いってらっしゃいを伝えなかった事。
丁寧に綴ってくれたメッセージに「取り急ぎ」と用件のみで送ってしまっている事。

今日という日がはじまって、ほんの数時間なのに、これほどまでに私は後悔の種を自分にまいている。


私たちは明日という日が当たり前のようにやってくるとどこかで思っている。特に今日みたいな日には「当たり前ではない」と言いつつ、カレンダーにはずっと先のスケジュールを書き込んだりしている。



私は、今生まれた小さき朝露の結晶や花の香りに立ち止まれる生き方ができているだろうか。 人を想えるのも、全てはそこからのように想えた。


森に残した自分の足跡を見つけて想った。

私の足跡もまた、この森から時と共にいつか風化し形がなくなりゆくだろう。それもそう遠くはない。そのことが急に押し寄せ何とも言えない感情がこみ上げた。



けれども森を歩くうちに、少しずつ、少しずつ。樹々の芽吹きに、動物たちの痕跡に、暖かな陽射しを反射する水面に、森のざわめきに、宿った命を垣間みる。

少しずつ、少しずつ、私の命の鼓動がビートを取り戻してゆく。確かにそれはそこにあったと感覚が触れる「サインの記憶」は、この大地から消える事はないだろうとホンノリと感じ、私は妙な安心感を覚えた。



6年後のこの日、そんなことをボンヤリと森で考えていた。そんなとりとめもないこんなことを、ぐるぐると考えていた。家に向かう途中、今日送った大切なメールをもう一度送り直そう。綴れずにいた手紙を今夜ゆっくり書き始めよう。そう想った。



そんな今日が暮れていった。
ただ、それだけの話。






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海沼武史という現象。

02 25, 2017
如月 月齢28

「森で何してるの?」良く聞かれる質問だった。
「何のために毎日森に通っているの?」そう聞いてくれた人は、この人だけだった。


海沼 武史。


私にとって、一回り歳上のこの人のこと、この人との関係性を説明しようとするほど困難でナンセンスなことはない。ただ、彼との間で起こった出来事を通じて語ることはできる。

写真家であり、音楽プロデューサー。という肩書きを逸脱している男。

裏高尾は駒木野地区に住んでいた数年(8年ほど?)、私は目覚めと同時に森に通っていた。毎日毎日。数時間を森で過ごしていた。そして、当時の私が森の次に足を運んでいたのが、海沼家だった。

家から徒歩20秒ほど。2つ角を曲がると海沼家があった。私が通っていた森と沢のド真ん前にあるその家のリビングは、天上が空のオープンキッチンで日本ぽくない。規定外の大きな窓枠は、端から端まで森を浮かびだしていて、常に森と沢の音が聞こえている。


はじめて武史さんと筑紫さん(奥さん、という言葉が最も似合わない女性(ひと)だけれども、つまりはそういうひと)に出会ったのは、突然この家に押し掛けたことにはじまる。裏高尾の自家焙煎珈琲店「ふじだな」のマスターの紹介だった。きっと面白いこと教えてもらえるよと。

森の帰りに玄関の呼び鈴を鳴らす。

「はじめまして、、、足洗わせてもらってもいいですか?」そう、足の裏土だらけだったのだ。初対面で自宅のお風呂場へ直行で案内するということは私も経験がない。がしかし、海沼家ではそれを自然体で許された。

自己紹介をした覚えもない。私は、この夫婦の作品を以前から知っていた。そして、彼らも森を歩く姿を見かけていた。それだけで十分だったのかもしれない。


以来、私はこの家の呼び鈴を何度押しただろう。ピンポーン「はーい」「くぅ!」ガチャッ。ドアがあく。

その後、ドア向こうに誰が応えるかでこの先が少しだけ異なる。
筑紫さんは私と同じ目線の高さでニカーッ。「よぉー!」
武史さんは私の眼球下1/3が白目になるほどの目線の高さでムッスリ。「よぉ。」

その繰り返し。未だに変わらない。


この家で、私は大笑いし、大泣きし、大喧嘩し、この世の中に存在するありとあらゆる感情を体験した。人の内には、喜怒哀楽の他にも沢山の感情が存在することを知った。

当時私は人を全く信用しておらず、世間知らずで本当に生意気だった。時々生意気が過ぎて、武史さんや筑紫さんを激怒させることもあった。

当時の私の事を、海沼武史は自らのTwitterでこう記している。

「石井久弥子、通称Coo(くう)-。普段は「くう、あのさ...」って感じ、だね。彼女と知り合ってもう5年ぐらいになる。その間、3度ばかり喧嘩をし、その度、近所に住みながらも会わなくなり、絶縁..。やがて、彼女は風を連れ、森の芳香を辺に送りながら、ぴょこんと顔を出す。それで仲直り。」

海沼武史Twitterより)

この歳にして小学生的な関係だったわけだ。それなのに呼び鈴を鳴らすと、何もなかったかのように家に入れてくれ、お茶して笑い合った末に、「あの時はごめんね」って言ったり言わなかったり。
武史さんも武史さんでああいう人だから、離れていった人も多く、「くぅちゃんくらいだよね、あの家に変わらず出入りしてるのって」と何度となく言われた。私はどうやらマゾらしい。



ただ、海沼武史と私とを繋げていたものがいくつかあり、そのひとつが写真だった。私は、海沼武史に出会う前から森で写真を撮っていた。誰に教わることもなく、ただ漠然と撮り続けていた。ある日、いつもの様にフラッと海沼家の呼び鈴を鳴らすと、無言で扉を開けた武史さんが唐突に言った。

「くぅ、写真展やるぞ。」
「は?」
「50枚写真持ってこい。」(結果的に自分で選ぶ力もなく、200枚ほど持っていった気がするが)

こうして、私は海沼武史にプロデュースされて初の個展を開くに至ったのだった。



海沼武史は写真家でもある。世間的に見たら、師弟関係とみられたのだろう。「確実に海沼さんの影響を受けてるね」何人かに言われた。不思議なのが、それらの写真のほぼ全てが、海沼武史や彼の作品に出会う前に撮影したものだというのに。そして、そのコメントは、当時の私を妙に悔しめたのを覚えている。

その悔しさがどこから来ていたか、今ならわかる。模倣していると思われたからとか、そんな稚拙な話ではない。 この人を越える事は不可能だと知っていたからだ(越えるとか越えないとかではないのにね)。


その個展をキッカケに、私は都内でも個展を開くようになっていった。だがそれ以降、私の写真についてノータッチになった。DMが出来上がり一番に渡しに行っても、彼は私の個展には一度も来てくれたことはなかった。「行かなくてもわかるよ」そういわれた事がある。それはプレッシャーでもあり、嬉しい言葉でもあった。

ただ一度だけ、搬入に向かう朝挨拶に行くと「お前、わかってんだろうな。」と言われたことがあった。その後に続いた言葉にドキッとした。

「わかってんのか?並べ方」

数日前から私は家中に写真を貼りまくり、展示作品を選ぶまで至っても、並べる順番、間隔などに家を出るギリギリまで悩んでいた。

「音楽を、奏でるんだ。一音、ポンと。そしたら次に来る音は自然と流れ出す。」

この人は、どうしてわかるんだろう。私がその時に必要としている言葉(イメージ)が。少ない言葉でも私が理解できる言葉選びで。 私の中で全てが決まった。家を出る時に考えていた並びとは全く違う並びになったのは言うまでもない。





海沼武史の写真は、静けさの中に在る「無音」の美しさを感じる。無音とは「音が無い」のではなく、「無い音が在る」のだと気づかされる。
森や風景に限らず、人物においても、ひとりひとりの人間が持つ「無音」の違いを感じさせる。その違いこそが、その人であらんことの証しであり、「だからこそこの人は美しいのだ」と伝えてくる。

彼の写真は、その「無音」から「在音」が流れ奏で出す。眼で音を聞いている自分に気づく。


海沼武史の写真には誇張が全く存在しない。むしろ、被写体を前に一度瞼をそっと閉じ、その被写体のもつトーンを一旦大地に返し(託し、といった方が近いか)、再び瞼を開いた時に残されているものだけが映し出されているかのようだ。


なんて、彼の写真について私が語る事自体、生意気極まりない。そんな生意気もきっと彼なら許してくれるだろうが。


彼は私に対しても、そのファインダー越しの眼差しで接してくる。つまり、言葉や着込んでいるものではないところを見つめている。それ故に、彼との会話で難しい言葉を使う必要もないし、「私」でいてよいのだ。寧ろ、「私」でいなくては一緒にはいられないのだ。何故なら時に恐ろしくなるほど、彼は人を見透かしているのだから。

一回りも歳上で、本来世間的には「師」的な存在なのに、私は海沼武史に対して常にタメ語だ。それは私にとって、最上級の尊敬の念を示している。



ところで、海沼武史は私に写真のテクニックを教えてくれた事は一度たりともない。私は、彼が撮影している姿を実際に森で見た事もない。彼はカメラやレンズに対するこだわりが全くなく、当時は掌サイズのコンパクトカメラをポケットに潜め森を歩いていた。「だって重いじゃん」と。 そして彼には物への「執着」というものが一切ない。私がフィルム現像プリントをはじめたいと話した時も、「これもってけ」と機材を一式持たせてくれた。


彼自身こだわりがないのかもしれないと思っていたのだけれど、そういうことだけではないと最近になって理解するようになった。彼は写真に対しても執着がないのだ。写真を自らが撮っているという感覚ではいないからだろうか。

以前、彼は言った。「シャッターを切った瞬間、手放してるからさ、そんなもん」
その意味が時を越えて、そういうことか、と感じるようになった。


私は一度も海沼武史と並んで森を歩いた事がない。ということは、彼もまた私が森でどうシャッターを刻んでいるのかを知らない。ただ、森で行き違うと「眼」で挨拶を交わす。その一瞬で全て見透かされる。だから恐いんだ。だけど愛があるんだ。だから私はこの男(ひと)が嫌いで大好きなのだ。



海沼武史は、人生において人を信頼することが一度もなかった私が、はじめて信頼した人間である。何かがそうさせたとかではない。ただ、海沼家で共に過ごした時間が揺蕩うように私の根底に今も流れていて、海沼武史もまた、森に通い続けた者だけが知ることのできる「ヒカリ」を知っている者だからなのかもしれない。



「石井久弥子はいわゆる写真家ではないよ」

彼は私のはじめての個展「森語で語らう」の宣伝でそう言い放った。その言葉が、今も私の写真活動を支え続けている。






海沼武史の動画が公開になりました。なーんか随分と雰囲気が柔らかくなって、目尻がたれたな、、、。

小難しくて恐い人というイメージが先行しがちな武史さんだけれど、私の中では、動画最後の最後で踊ってるお茶目なオヤジが彼の基本姿勢だと思っている。

何のために森に通うのか。

先日久々に海沼家に遊びにいったところ、「写真続けてる?」と聞かれ、撮り続けてはいるけれど、個展やネットで作品を公開することに興味がなくなった事を話すと、写真を人に見せる事は、それを見せてくれた自然への恩返しなんだよ、と言われてハッとした。

このブログも大分そこから外れたな、と。
少しずつ、また、ね。と思う。






森のおすそわけギフト。

01 26, 2017
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睦月 新月

1月7日の七草粥の問題にご応募頂き正解されたNさんへ、森のおすそわけギフトセットを贈りました。

正解は、
1、ヨモギが何故かいる
2、セリがクレソンに代わっている

でした。お見事!

575A5923.jpg ←クリック&ご確認を。


実は、年明けの投稿「御屠蘇代わりに、季節を味わう花酒を。」で紹介した梅の花酒を贈るつもりでいましたが、正解された方が出産後の子育て中だったので、代わりに子育ての合間に森を感じ楽しんでもらえそうなものに変更しました。


折角なので、このblogでご紹介したものを中心に集めてみました。

*セイタカアワダチソウのお風呂/脚浴エキス用セット
*ヤマブドウのコンフィチュール
*山椒の塩漬け入り ちりめんじゃこ
*cotoriの森の小さな畑で育てた綿の種
*森の絵はがき(photo by Coo)


蝋紙と愛用のナイフ、小瓶に包装紙、小さな箱とマスキングテープを用意し、「はてさて、これらをどう詰めましょか」と考えるのも楽しかったです。

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草木染めした毛糸でオシャレさせて。

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セイタカアワダチソウの爽やかな香りがホンノリして。


レターセットとペンを取り出し、森のお裾分けについてひとつひとつ綴り、その日の森の事や他愛のないこと、こうして森で繋がれることが嬉しいことを伝えた手紙を添えました。


そうして、山を下りて里へ。「小包お願いします。」
無事に届きますようにと祈りながら、小包が運ばれてゆくのを見送るのでした。



数日後、Nさんからお返事が届きました。ギフトのひとつひとつがNさんの幼少時代の思い出と繋がるそうで、その素敵なストーリーも綴られていました。

はじめての子育ては大変そうだけれど、可愛くて仕方ないのが伝わってくる微笑ましい言葉たち。左腕に赤ちゃんを抱きながら書いてくれているのが伝わる字の踊りもあったり。

そんなNさんの柔らかな暮らしの中に、この森の一部たちを混ぜてもらえたことが、私はとても嬉しいのでした。



Nさんが最近お気に入りのお店のお菓子も贈ってくれました。子育ての合間に気分転換にゆくお店なのだそう。山暮らしでの甘いものは、自分で作るしかないことも。丁寧にお茶をいれ、一口一口の幸せを味わい頂きました。



こちらの暮らしと、そちらの暮らしがクロスする。
森と街が繋がり行き来する。


「森のお裾分けギフト」は、はじめての試みでしたが、私の方が思いがけず素敵なギフトを頂いた想いでいっぱいです。




今回の企画は、こういう森のお届け方があってもいいなと以前から思っていたので、そのお試しでもありました。


時々森からの季節の便りが届く。小さな森と手紙も添えられて。(森へのインパクトも考えると、数極限定で、今回ほど色々詰め合わせセットではないけれど)。そういうことを、私の極親しい人やお世話になっている方々たちだけでなく、このヒッソリとしたblogを読んでくださっている方々にも、いつかお届けできたらいいなと考えています。

ご興味のある方がもしいらっしゃるならば、今後ゆるりと小さな森のお届け先を募れたらと思います。その準備ができたらお知らせさせてください。



先ほどから、ジョウビタキがパソコン横の小窓に何度も来てはホバリングしています。黒猫のヤブさんは陽だまりでお昼寝中。
どうやら呼ばれている様なので、ちょっと森に出かけましょうか。


皆様も、どうぞ穏やかな一日を。

「狐と葡萄」のホットミルク。

01 20, 2017
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睦月 月齢22

ヤマブドウ。
それは、私にとって幼い頃覚えた味と物語に繋がる。


実家の近くでヤマブドウが採れたわけではない。
私にとって、ヤマブドウは街の味なのだ。


年に何度もないけれど、母と一緒に街に買い物に出かけると、帰りに喫茶店に連れて行ってくれることがあった。
カウンター席しか記憶にないが、とても小さいお店だったことは確かだ。

大通りからは外れた、何度行っても覚えられないその路地に、その店はあった。
長細い店内、暗い部屋に映える窓からの僅かな射光、奥から聞こえる掠れた音楽、そして珈琲の香りと湯気の湿り気。
カウンターの椅子が高く、私は母にひょいっと持ち上げてもらって席につく。

色とりどりで形も様々な珈琲カップが、店主の背景に隙間なく並べられている。
その店を訪れるお客さんの数だけ専用のカップがあるのではないかと幼心に思っていた。
実際、母は言わなくとも、いつも同じお気に入りのカップにサーヴされていたからだ。


カウンターの上にもカップやグラスなどが置かれていて、私からは店主の顔は見えず、グラスの間から時折見える手を眼で追っていたので、何か聞かれても私はキチンと答えられていたとは思えない。
珈琲を入れるサイフォンが秘密道具のように映り、その店に行くと眼に入るもの全てが魔法に見えて、言葉を失うのだ。


店主の女性は、当時の母と同じくらいの歳だったと想像する。
私たちが行くといつも、声を大きく弾ませて店の奥へといざなってくれた。
顔は全く覚えていないのに、店主の笑顔のイメージだけは感覚として今も残っている。


母は、誰も知らない田舎の地に嫁ぎ、友だちもほとんどいなかった(作らなかった、という方が正しいか)。
だが、この店の店主とどう知り合い、仲良くなったのかは謎だけれど、幼なじみなのかと思うほど話に花を咲かせていた。


話をしながら、店主は注文もしていないのにカップとグラスを手元に呼ぶ。
母には珈琲、私にはヤマブドウのジュースと決まっているのだ。



グラスいっぱい満たされたクラッシュドアイスが、ヤマブドウの鮮やかな紅紫色が徐々に染まってゆく。
そのグラデーションが落ち着き、並々と注がれたそこにストローが身を浸ける。

そっと差し出される白いコースターと魅惑色したヤマブドウジュース。
クビをキリンのように伸ばしてストローと出会う。




ヤマブドウよ、ようこそ、私へ。




私はこのヤマブドウのジュースが大好きだった。
本当に大好きだった。

葡萄ジュースみたいにしつこく甘くなくて、酸っぱい。そして爽やかな甘味が残る。
ゴクリとすると、アゴと耳たぶの付け根境あたりがキュンと喜ぶ。

未だに忘れられないご褒美の味。



この店に行く時、母は「アスカ」と呼んでいたが、店の名前だったのか、店主の女性の名前だったのかはわからない。
店の情報は何一つ知らないまま。今でもあるのかすらもわからないし、母にも尋ねない。

森の味を街で。

それは、中々良いものだった。


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ヤマブドウのコンフィチュールを。
冷凍したものでも作りやすい。
鍋に残るこの色がたまらない。だからホーローの白鍋で作ると決めている。

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幼い頃覚えた物語がある。
イソップ童話の「狐と葡萄」だ。

あの中で、狐が一生懸命ジャンプしてもどうしても届かない葡萄は、ヤマブドウのことだと私は思っていた。
「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と狐は捨て台詞を吐いて去る。

ヤマブドウは葡萄に比べて実も小さいしシワシワになりやすく、酸味が強い。
葡萄を食べられなかった狐の負け惜しみだったのかもしれないけれど、酸っぱい葡萄=ヤマブドウだって美味しいのにな。と思っていた。
そして、「食べてみないとわからない」という教訓だと解釈していた。


いずれにしても、狐くん、「届かぬものは残すためのもの」ってこと。
私はそう思うよ。


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鍋に残ったヤマブドウのシロップ状になった液がもったいない。
ミルクを注いで、ホットヤマブドウミルクにする。
これは、ちょっととっておき。

酸味を残したいから、ジャムではなくて軽いコンフィチュールに。
コンフィチュールはヨーグルトやクリームチーズと一緒にクラッカーに添えても美味しい。


大人になった今、そんな楽しみも覚えましたよ、アスカさん。


狐が雪の中をジャンプしている姿をイメージしながら、遠い記憶が暖かい。
そんな一息をいれられる午後が嬉しい。


大寒。
心暖かくお過ごし下さい。



アルデバランと月が重なるところで。

01 09, 2017
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睦月 月齢11


嵐が吹き荒れた一夜。


樹々が倒れはしまいか。
あの小さな鳥の巣は落ちはしまいか。

黒猫のヤブを腕に、大丈夫だよ、きっと大丈夫。と布団に潜り込む。

森の唄は一晩中響き渡っていた。



眠り方を忘れたかのように迎えた朝。
嵐が通り過ぎてゆくのを見守っていた。



(どうせ眠れないのなら、嵐の森で一夜を過ごせれば良かったのに)



静まり返った空を確認すると、少し安心したのか眠りについた。


夢をみた。


森の夢だった。




目が覚め森に出かけた。

気づくと日が暮れはじめていた。


蝋梅の香りが辺りに漂いはじめた。

空の色が濃くなるほどに、その香りも濃度を増していった。


むせび泣きを誘うほどに、美しい香りだった。


闇が森を包んでいった。

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ほのかな光りが灯る。
野生動物が動き出す。

その温度に確かな安堵感を覚える。


私という命もまた、ここに生きているということを、
痛いほどに知らされるからだろうか。


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雲間から見え隠れする月に問うてみる。

(私から森をとったら、一体何が残る?)


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今宵、この夜空に繰り広げられる天体ショー、アルデバラン食。


アルデバランと月が重なるところで、

天体たちはどんな言葉を交わすだろうか。


その微かな音に耳を傾け、ウツラウツラする夜が今夜もやってきそうだ。



P.S.

そちらの森はいかがですか。
あなたが書いた「くぅちゃんへ」という文字を指でなぞっては、ほんのり想い、
あなたと、あなたの大切なものたちに会いたいなぁと、ぼんやり想っています。



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野草粥のススメ 〜七草粥〜

01 07, 2017
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睦月 月齢8


澄み渡った青空、ヒンヤリとした空気。
冬らしい日だった昨日、七草を集めにいきました。


お正月をはじめ、日本の風習は実に美しい。
1月7日の朝に七草粥を頂く風習も然り。


現代では七草粥を「正月のご馳走で弱った胃に」という考え方もありますが、冬のこの時期の「若菜摘み」自体に、無病息災を祈って行われていた習わしは元々あったそうです。

小寒に入り冬が本格的になると畑の青菜が少なくなるので、野草を摘んで栄養を頂くということだそう。

「春の七草」と呼ばれる通り、もう少し先に開花するものの、花開く前の冬の寒さにも負けじと葉を広げている野草や野菜は、実に強いエネルギーを備ていると思いませんか。


というわけで、いざ若菜摘みへ。


【春の七草】
セリ・ナズナ・ゴギョウ(ハハコグサ)・ハコベラ(ハコベ)・ホトケノザ(コオニタビラコ)・スズナ・スズシロ。


スズナ(カブ)・スズシロ(ダイコン)が家にあることを確認して、残り5種の野草求めて山を下り里へ。

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この季節、遠目では一見、乾枯し荒涼とした景色に思われがちですが、

その足元には若葉が広がっています。

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このフレーム内に何種類の野草を見つけられますか?

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この2つの写真内だけでも食べられる野草でいっぱいです。

そう聞くとワクワクしませんか?(私だけかしら?)

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まずはハコベ。

見つけやすい上にボリュームあります。
ですが、味が主張するので量的に集めやすくとも控えめがオススメです。

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注意したいのが、
七草でいう「ホトケノザ」は、↑この「ホトケノザ」ではなく、コオニタビラコ(小鬼田平子)のことです。

それにしても、この時期に咲く野の花というのは、可愛さ倍増!

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「ゴギョウ」はハハコグサのこと。

白いベルベット状な葉は、見つけやすいですね。


という具合に、フラフラ散歩。

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山に戻り、フラフラ。

もう紅梅が満開です。

見とれていると、エナガご一行が近寄ってきました。

私は鳥の中でもエナガちゃんが特別大好き。
彼らは手が届きそうな距離まで(時に羽ばたきの小さな風を頬で感じられるほどに)近寄って来てくれる愛嬌良し。

ご一行が通り過ぎてゆくのをフンワリと待つことほど幸せな時間はありません。
もうお粥のことなんて忘れてしまっても良いくらい。

(そもそも、ここまで戻って来てしまってはセリには会えないし・・・
ナズナもコオニタビラコも、見つけられなくはないだろうけれど、ここまで満たされてしまったら、もう十分無病息災祈願済みだよ、きっと・・・)

と思いながら歩き出すと・・・

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オニタビラコ。
コオニタビラコではないことに溜め息。

と、思わず溜め息をついてしまった自分にハッとする。
「溜め息!? オニタビラコに出会えたんだよ!この季節に!しかも花ついているじゃないの!」


目的をもって野草摘みをする上での盲点。

こうなると、申し訳ない気持ちが勝って、オニタビラコで手を打つか・・・なんて気すら到底起きるわけもなく・・・
(そもそも、コオニタビラコとオニタビラコは似て非なるものだけれど)

ふと、手がかじかみはじめている事にも気づくと、夕焼けが色濃くなっていました。

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梅も夕焼けておりました。
辺り一面、梅の花の香りで包まれています。

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(もう帰ろう)

と歩き出す先に、、、

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夕焼けるナズナ。

その先にもナズナ、ナズナ・・・


何だかねぇ。
こういうのが、何だか申し訳なく感じてしまうわけです。

ありがとうねぇ、と少し摘ませて頂き家路に着くのでした。

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そして7日の朝。

朝食前に若菜摘みの続きへ。

その結末は・・・


七草が八草に。

そして何やらちょっと、あれ?が。


*答えがわかった方、こっそりメールください。正解の方には森の新年のご挨拶ギフトをささやかながらお贈りいたしましょう。

coobluemoonアット(@に変換してください)gmail.com



「8は末広がりでいいじゃない」と言われ、
「それもそうねぇ」と。

丁度月齢も8日目ですし。


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こうして実際に若菜摘みをして思うのは、
七草全種集まればそれはそれで良いけれど、若菜を摘むという行為自体がとても健康的な仕事(?)初めだなという事。

小寒を迎えた今、お年賀から寒中お見舞いに移り、冬が深まりゆくわけですが、身の回りには春を予感させる野草たちがこうして芽吹いていると知れる事。


そういうことこそ大切な事のように思えるのでした。



七草粥に限らず、若菜摘みで野草粥を。

身体が温まり、野草パワーを丸々取り入れられ、朝のスタートにもってこい。


冬は気持ちも内に入りやすい季節。
こういう形で野草を時々いただくのもいいなと、改めて思います。


3連休ですね。
若菜摘みに出かけてみてはいかがでしょう。

あなたの周りにも、沢山の芽吹きがあることに気づかせてもらえると思いますよ。




・・・・・・・・追記・・・・・・・・


野草摘みにおきましては、毒草との誤採取をさけるための知識が必要です。

七草に関しましても、例えばセリとドクゼリのように生育場所を同じくしているものもあります。

とはいえ、野草に触れる敷居を感じるのではなく、情報を知識としてとらえるのでもなく、自然の中を散歩しながら少しずつ触れ合ってゆく中で学ばれることをオススメします。

野草を知るには毒草を学んだ方が早いともいわれますが、知る事で楽しくもなり、自分をも救うことになります。


また、知っていると過信する事なく、常に自分を疑う心も大切だと思います。

これらは、「毒学」というワークショップでもお伝えしてきたことですが、改めましてここに追記として綴らせて頂きました。


皆さんの好奇心と学びが、バランス良く自然と共にあることを願います。


Coo記




御屠蘇代わりに、季節を味わう花酒を。

01 03, 2017
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睦月 月齢4日

新年のご挨拶を申し上げます。


ここだけの話、
我が家は到底新年に間に合いそうにない年の瀬だったため、

樹さん:「我が家は世間から2日遅らせよう」
との提案が。

つまり、1月3日を我が家では元日とする、という。


私:「そうねぇ、休日がなくて長く感じる6月辺りに、2日ほど早めて帳尻を合わせましょうかね」
とちょっと安心した師走30日、、、


と思いきや、諦めた途端に諸々を手放せたようで、
世間のカレンダー通り新年を迎えられた奇跡。


とはいえ、おせち料理は簡易的に。
気づけば御屠蘇用の日本酒の用意を忘れていました。


というわけで、森のお酒をいただくことに。

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果実酒専用の棚に並ぶ数ある瓶から選んだのは、


梅の花酒。


かれこれ10年ほど前に摘んだ花たち。

裏高尾の森で、雪の上に舞い落ちた花を集めたもの。


あの時の記憶と、今この時が、
あの森と、この森とが、

ひとつになる。



花酒を口に含むと、満開に咲きほころぶ梅林の光景が広がりました。

殊に、私が好きな、雪の日に香る梅の花の残像が浮かぶのでした。

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あぁ、今年も梅が咲く季節を迎えようとしています。

新しい年のこの季節を迎えられたことへの喜びが広がりゆく。



御屠蘇代わりに、季節を味わう花酒を。

これは中々良いものです。


というわけで、我が家らしいお正月となりました。



さぁ、どんな年になるでしょうか。


皆様、今年もどうぞよろしくお願い致します。



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Author:Coo
森のある暮らし「ことり〜cotori〜」主宰。 三日月生まれ。 森と写真と黒猫と美味しいものと。 Coo、時々、久弥子。

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