ハリエンジュの薫り。

05 26, 2017
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皐月 新月

No.001    Robinia pseudoacacia
ハリエンジュ(別名ニセアカシヤ)  : 花の氷菓子

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ガラス細工の様な氷菓子。 口に含むと「パリン」、蜜の様なの薫りが「ふわっ」。

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純白に透明度が足される。雪の結晶のような美しさはグラニュールでしか成し得ない。

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ニワトコのシロップが終わろうとしている。それを引き継ぐかのように咲くハリエンジュ。 春から夏にかけ、私にとって大切な薬。美味しさも薬効のひとつ。

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森で感覚瞑想をしていると、緩い風の中に爽やかな甘さを感じた。遠くであの花が咲いている姿が浮かぶ。

ハリエンジュの花を摘みにゆく。
幼い頃の記憶が溢れてくる。母と摘んだ花。今夜は花の天ぷらだ。あの喉の奥まで注がれる様な甘美な香りに包まれながら花を摘み、晩ご飯が待ち遠しいあの感覚。それがいつもより少し足早にさせる。

今年は二度にわけてハリエンジュを少しずつ摘んだ。一度目はやはり天ぷら。そして二度目は花の砂糖漬けとシロップ。

幸せである。この上ない幸せ、である。


森料理は瞑想。日常のあれやこれはどこへやら。森の映像と質感だけが私の内に流れゆく時間。

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私の好きな梅雨入り準備、完了。

森よ、ありがとう。







シャガ野原から白鳥たちが飛び立つと。

05 24, 2017
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皐月 月齢27


「山だと雑草よね。そこら中に咲いていて。有り難みもないわ。」



ここに引っ越して一ヶ月が経とうとしている。引っ越して来た日、家の前の沢沿いにシャガが辺り一面咲いていた。
数日前、シャガ野原になっていたその場所で、通りすがったふたりの会話が聞こえた。思わず振り向いた。私は何か言おうとしたのだが言葉にならず、遠のいてゆく人たちの気配まで消えても尚、シャガを見つめていた。

シャガは別名胡蝶花というが、私には白い鳥に見える。すっと入った僅かな色味が凛としていて、着物を着た女性に化けた白い鳥のようにも思える。


シャガは強い。
春の花は可憐で儚いものも多い中、シャガは長くその白い鳥の様な花を楽しめる。


先日素敵なご年配のご夫婦に出会った。おふたりが長い年月をかけて育てて来られたお庭にお邪魔させてもらった。小さなログハウスに、手入れの行き届いた見事な庭。立派な桜の樹の足元にシャガが咲きほころんでいるのに眼がいった。

桜の足元で土を保湿してくれるという。シャガの葉は常緑で厚い。なるほど、と唸った。 ターシャチューダーにどこか似ている奥様は、愛おしそうにシャガについて語ってくれた。

(実際、ターシャからいただいた種を育て、今もその花は庭に毎年咲くのだそうだ。)

シャガの白い花は、木陰に光りを集めるかの様に輝かしく咲く。私はそんなシャガが好きだ。



立ち止まったままシャガを見つめていた私は、あのご夫婦の笑顔に見た光りを、シャガの輝きに重ねていた。


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シャガ野原から白鳥たちが飛び立ち、あれほど明るかった木陰には、深翠の漣だけが揺れている。
見上げると桜の葉も、随分と色濃くなっていた。


これからも、そっと共に在らんことを。


私はそう願いながら歩き出し、小道に咲く小さな花々の名を、ひとつひとつ呼びながら家路についた。

優しい雨が降った日に。次の季節がもうそこまで来ている事を知る。







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一人静とカゲロウと。

05 17, 2017
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皐月 月齢20

二人静の側に、一人静が咲いていた。

二人静であっても、花はひとつの時もあるし、
一人静であっても、隣り合わせて寄り添い咲くこともある。

言葉に捕われず、ただその美しさを見つめたい。

そう思っていた夕。
蜉蝣が乱舞していた。その短い命のショーを吊り橋の上で眺めていた。

夕暮れの光りの中で、スーッと上へ、フワリと下へ、を繰り返す。そして命を紡ごうとしている姿を、ただ眺めていた。



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- 蜉蝣 - 陽炎 - 

カゲロウは、儚く消えた。



朝、吊り橋の袂に、一匹の蜉蝣の亡骸を見つけた。
朝市で買ったクレソンに、一枚の蜉蝣の羽根を見つけた。


何故だかよくわからないけれど、妙に心が揺さぶられる。


(私の命にもいつかは終わる。わかっているよ。)


「ソレナラ、今日ヲ、人ラシク生キレタカイ?」

そう問われている気がした。でもきっと、カゲロウはそんなこと問いてなんてなかろうに。




夕焼けがやってきた。
カゲロウはもういない。


今日も良い一日だった。
そう想える日は、本当に良い一日だ。








森から森へ、御蔭祭。

05 15, 2017
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皐月 月齢18

「この森の奥に、ひっそりと神社がありますよ」

ここに住む事に決めた決定打はこの森との出会いだった。家の裏に広がる森は、明るい杉林ではじまる。職人の手が入っていることが感じられる。小道を挟んで針葉樹と広葉樹の森に分かれていて、その先に小さな神社があった。そして小さな沢と山道に続いている。

普段、人と行き会う事はほぼなく静かな森。私はこの小道を抜けて神社にお参りしてから、この森にフラフラと居させてもらっている。

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引っ越して初めてこの小道で出会ったのは神社の方だった。小さく手を合わせ会釈をされた。だからいつも手水舎の榊や檜の葉が新鮮なのかしら。気持ちの澄む朝をいただいている。


この神社の名は「御蔭神社」という。

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先週のこと。私は同じ左京区に住む素敵な女性と街で会う約束をしていた。家を出ると裏の森の方面がざわついているのがわかった。待ち合わせ時間には少し余裕があった。森の方へ歩き出すと、ご近所さんに会った。

「お祭りしてはりますよ。」
「あぁ、今日でしたっけ。」
「はじめてでしたら、行ってみたらええですわ。葵祭の前の大切なお祭りですさかい。」

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いつもの森に、いつもと違う空気が流れていた。

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手水舎に幕が張られ、タイムスリップしたかの様な光景がそこにはあった。

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フタバアオイの葉をつけてらっしゃる。

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ところどころに葵の模様が見受けられる。

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御蔭山之儀が始まり、雅楽の奏でが森に響き渡る。その後、御神霊はここ御蔭神社から賀茂御祖神社(下鴨神社)へ行を成して向かう。それは日本最古の神幸列とされているそうだ。

「神々の再生」

比叡山西麓にあたるここ御蔭山において御生された御神霊を再びお迎えし、御本宮の和御魂と御一体におなり頂く祭儀である御蔭祭。祇園祭、時代祭と共に京都3大祭りのひとつである賀茂祭(葵祭)の前祭りがこの森で行われると知り、感動が走る。


と、つい夢中になって約束の時間を過ぎてしまうことに気づき、祭事の途中ではあるが森を後にした。


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待ち合わせには大幅遅刻したものの(本当にごめんなさい)、京大の楽友会舘で美味しく蜜に楽しい時を過ごした後、祭りの続きを追う事にした。

賀茂御祖神社(下鴨神社)境内「糺の森」へ。

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糺の森は、ここに在った原生林と同じ植生で守られて来た森なのだそうだ。

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本宮までの道のりが実に美しい。遠くから雅楽の奏でが聞こえ始めると、辺りがざわついた。

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神馬のお通り。神馬の目線は神の目線なのだとか。馬が暴れたりしたらば、祭事中に無礼や至らない事があり神様を怒らせたという意味になるらしい。私は写真を撮りながら行列毎に一礼、を繰り返していた。

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この染めの色が何とも美しく、新緑を背景に良く映え、涼やかに爽やかな風が吹いた。
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そして始まる。

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東遊の舞い。

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幕越しに舞いを御照覧になる神馬。神の目線。(私の位置からは撮影不可能)
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そして切芝神事のフィナーレ。白杖が壮年の氏人から、幼少の童形(男の子)へと手渡される。杖は聖物とされ、進む方向を示すものとされており、杖の授受は御神霊の指導役の交代を意味するという。
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糺の森に包まれて。

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そして本宮の儀へと向かう。

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とそこで、神馬がご乱心になられた。

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何か無礼があったということか。宮司様のお話では、神馬が暴れるのは珍しい事で、ある意味貴重なことだそう。雅楽が下手だったためではないかとおっしゃり、観衆の笑いを誘っていた(残念ながら素人の私でも聞いていて心配になっていたのはここだけの話、、、)。

取り押さえられている神馬をみて、私は複雑な気持ちになった。怪我がなくて良かったとはいえ、この馬がこの儀を終えた後優しく扱われることを祈った。



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本宮の儀は公開されていない。毎日お参りをされているという地元の方から様々なお話を伺いながら、私たちは一緒に扉が開くのを待っていた。


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切柴神事の中で、大役を果たした童形が退出される姿が、なんとも微笑ましい。そして祭りは、3日後の葵祭へと続くのだった。



ふと想う。

今年の御蔭祭りは平日。地元の子どもたちが授業を返上して参列していた。日本最古の神幸列の一部になるというのは、どんな気持ちなのだろう。

この子たちは、それがどれほどの意味がある貴重な経験なのか今はわかっていないかもしれない。けれど彼らが大人になった時、きっと彼らはこの日のことを誇らしく想い、語るだろう。その時に参列している子どもたちに自分の幼少時代を重ねるだろう。そしてそれは、この祭りとこの森を残し守りたいという気持ちの種が撒かれることに繋がるのではないだろうか。

恐らくそれが、この祭りが行われる度に繰り返されて来た美しき情景なのだろう。


京都の人は、地元にとても誇りを持っている。京都という歴史がそうさせているのだろうか。よそ者として眺めている私は色々と思うことはあるけれど、この様に祭りや地元の伝わる行事に、子どもたちも大切な役割を担うことの意義を感じずにはいられない。これは私の生まれ育った田舎にはなかったとノスタルジックな気分になる。

祭りの善し悪しは規模の大小ではない。有名度でもはない。大切なのは、担い受け継ぐ人と人との熱を体内に宿す行為そのものなのかもしれない。
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森を背景に、白杖を渡された子どもたち。

真っすぐなその瞳の先にある彼らの未来よ、健やかであれ。


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そして森は、いつもの静けさを取り戻す。





追伸:

待ち合わせに大幅に遅れたのに祭りに付き合ってくださったNさんに心から感謝。
そして今日5月12日は葵祭でした。が、散歩から帰ってウトウトしている間に祭りに間に合わなくなるという失態、、、肝心なところが抜けている。来年を楽しみにしたいと思う。



雫がまたひとつ。

05 10, 2017
皐月 月齢13

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雨が降っている。

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雫がまたひとつ、生まれる。

ギボウシの葉が、揺れる。

流れてゆく。

を、眺めている。

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「コココココ、、、」

(ホオズキ風船を喉の奥にしまえたら、彼らのように歌えるだろか)

幼い頃、母がホオズキの中身を出して作るホオズキ風船を口の中で鳴らしてみせるものだから、私も私も、とせがんでやってみても上手くいかなかったっけ。試してみては飲み込んで、顔をクシャっとさせたっけ。


雨で身体に艶のでたニホンアカガエルは、嬉しそうに喉を震わせている。


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苔の大地に青モミジ。


「京都で雨に降られたら、ラッキーと思え。」ここに越してきてから読んだ本に書かれていた。
「ここらは雨が降ったら、もっと素敵だろうに。」ある晴天の日、すれ違った人たちの会話を耳にした。

(何も京都でなくても雨の日は美しいのにねぇ、、、)

私はそう思っていたけれど、こうして雨の日に歩いてみたならば、やっぱり「京都」と「雨」というキーワードは、屁理屈さえも包み込み、「ん、なるほど」、なのだった。

雨を喜べる暮らしを見失わずにいたい。そう思わないかい?


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雨が上がった。

雫がまたひとつ、姿を消す。





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京都で森暮らし、はじまる。

05 07, 2017
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皐月 月齢10


「美味しいキノコを沢山食べたいんだ。」


事の発端は、夫の一言だった。そして結論から言うと、北関東から関西、京都に引っ越す運びとなったのだった。


夫はいつも突拍子がない。私も突拍子ないと家族には言われて生きてきたけれど、この人にはかなわない。気が抜けないからボケない気がして良い。 

今回の転居に関しては、「そうだ、京都行こう」くらいの感じで「とりあえず、京都移住」とあいなった。「移住」と言ったら語弊があるのかもしれない。どうやら「引っ越し」と「移住」は異なるらしい。移住相談の「コンシェルジュ」に言われたことを思い出す。その話はまた別の機会に、私たち夫婦が体験した地方移住における笑い話や問題点なども含めて綴りたいと思う。が、何はともあれ、無事に京都暮らしがスタートして2週間が過ぎたので、ご挨拶を。


4月最後の週末、無事に京都は比叡山の足元へ越してきました。目の前に澄んだ川が流れ、背後に比叡山の森が広がっているこの地へ。毎日が新鮮で、毎日が驚くほど美しい光景。京都市内へも、叡電の可愛いレトロな一両電車ですぐ。帰りは、ほぼ人と行き合う事もない小さな吊り橋を渡って家に着く。私たち夫婦は、それらひとつひとつをとても気に入っています。

夫の初通勤の日、吊り橋を渡って、レトロな駅から貸し切り状態のワンマン一両電車で、窓をあけ片腕かけて満面の笑顔で出勤してゆく姿が、あまりにもあまりにもで、見送りながらひとり笑ってしまった。そんな日常。(夫は、無人駅をこよなく愛している。よかったわね、と微笑ましいのだ。)

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日中は水際に鳥たちが集まり、飽きる事なく眺めていられる。夜になるとカジカガエルの鳴き声が心地よく響いてくる。水の側に住むのは裏高尾の森以来なので、本当に嬉しい。蛍には会えるだろうか。ほのかな期待を抱かずにいられない。

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春から初夏へ。そんな贅沢な季節にここに越してこられた幸せを感じている。


引っ越して2日後、早速京都の台所とも言われる「錦市場」へ出かけた。嵐山の酒蔵のお店のおかあさんと他愛ない会話を交わしていると「思い切って引っ越してほんまに良かったねぇ」と心込めて言われた。本当そうだなぁ、とジンワリと思った。そしてその言葉が今でもリフレインされている。そして日々、私たち夫婦はその言葉を口にしている。また買い出しに行ったら、そのことをおかあさんに伝えよう、そう思う。



初夏。八十八夜が過ぎ、季節が目紛るしく変化していく。そして、写真ばかりがたまっている。少しずつまた綴りたいと思う。



森の事を引き続き中心にお伝えしたいとは思うのだけれど、このブログも今までと少し変わってゆくと思います。どう変わってゆくかは、環境の変化に伴う、私自身のものの見方の変化もあるわけですから。変わらないものと、変わりゆくもの。そのどちらも楽しんで頂けたら幸いです。


さぁ、新しいページを開くとしましょうか。



旅立ちの時。

04 23, 2017
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卯月 月齢25

山桜の花咲く季節を見届け、とうとうこの森から旅立つ日がやってきました。

「山桜が咲く姿を、今年はみれないかもしれない」そう思うと胸が締め付けられる想いだったのだけれども、様々な思いがけぬ流れになり、こうして今年もこの山桜の花綻ぶ姿に会え、見上げる私も綻び眺めて時が過ぎてゆくのでした。


思えば、裏高尾の森に暮らした月日に比べたら1/5に満たないのだけれど、森への思い入れというものは数では語りきれないものがあるのです。


日本百名山のひとつである筑波山の中腹に住めたという経験自体とても貴重でもあり、完全なるプライベートエリアをこの広い森の一画にもてた暮らしというのは、実に豊かで何にも比べようのないものでした。それらを叶えてくれた夫に感謝の想いでいっぱいです。


様々なことがあったここでの暮らし。楽しい事よりも辛い事の方が多かったのは事実なのだけれど、森が私を救い支えてくれたことはいうまでもありません。森と共に生き続けられたこの2年半は、短くとも私の人生の中で忘れられない日々として色づき、残された思い出は、今となっては全てが自分にとって必要な経験だったと言う事ができ、そのひとつひとつが彩り豊かで美しくさえ感じます。


この森が名残惜しい気持ちでいっぱいではあるけれど、新天地での森のある暮らしを楽しみに旅立とうと思います。
新たなページを開く時がやってきました。けれど、今までが本でいうところの前書き「はじめに」ページであったようにさえ思える展開が待っています。そのような気持ちで出発できることは本当に幸せなことです。


高尾山から筑波山へ。そして比叡山へ。



京都市内から大原に抜ける手前の比叡山の足元に引っ越します。今度は比叡山の森が私の日常になります。とりあえず京都暮らしがスタートです。そこからどこに落ち着くのでしょうか。私自身まだハッキリしていない事が実は多く、引っ越したらハッピーエンドではなく未知数です。けれど不安はありません。何故ならどう転んでも心はその先の先を見つめているからです。

数ヶ月前には想像もしなかった流れが既に始まっています。まさに冒険であります。少しずつ、ひとつずつご報告出来たらと思いますので、どうぞ暖かく見守って下さい。

日本では生まれてこの方関東にしか住んだことのない私ですが、みなさんお世話になりありがとうございました。関西方面の皆様、どうぞ(お手柔らかに)よろしくお願い致します。


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春の山。

「森の色が入学式の子どもたちの色みたいだね」と樹さんは春になると言います。
新緑が濃くなる頃、段々色が同じになってゆく。その前の今この時期の色がとても好きだと。

けれど、ひとりひとりのカラーが失われる事はないのかもしれません。内に秘める自分の色は変わらない。ただ、表に現れる色は少しずつ変化してゆくから面白い。山も人も。

そんなはじまりの季節に、新たな森のある暮らしをスタートできることを自然な流れのように思えて嬉しい。そんな明るい気持ちで出発です。


森よ、ありがとう。またいつか、戻って来るよ。また森語で語ろう。
また森で。




Current Moon
CURRENT MOON
プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 夫の樹さん、黒猫のヤブさんと私Cooこと久弥子、ふたりと1匹、森暮らし。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれ、など。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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