サインの記憶。

03 11, 2017
写真-2

弥生 月齢12.6


それは、春先に出会う冬の足跡のようなもの。
それは、肌感覚で思い出させてくれるもの。

時と共に風化し形がなくなりゆけども、確かにそこにそれはあったと感覚が触れるサイン。


葉々の縁や表皮に朝露は細かな氷の結晶を形成せど、その脈には触れず。
小鳥の羽毛に朝露をそのまま固め残せど、その柔さには触れず。


陽がさすまでの僅かな時間。私はそれら全てと共に、自然界の長い瞬きに包容される。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




夢をみていた。どんな夢だったかは、今となっては覚えていない。 あの日、私は前夜から高熱を出して寝込んでいた。ゆえに森にも行けずにいた。

大きく揺れた。

薬草の詰まった瓶たちが音をたてていた。目覚めで何が起こったのかわからなかった。黒猫のヤブさんが私の顔を見たが、揺れが落ち着くと再び眠りについた。それをみて私も何もなかったかのように再び深い眠りに入っていった。


あの日、私の記憶はそこで一時停止している。長い瞬きのように。



あれから6年。6年後のこの日に。


後回しにして溜まりに溜まってしまった友人たちからのメールの返事をひとつひとつ返している週末。ただでさえ返事が滞りがちな私なのに、友人という関係に甘んじて更に返事が遅れている。丁寧に綴るには余りの数で、ただ返信をこなしているだけの自分がいた。



ふと、ジョウビタキが小窓にやってきてホバリングしてくる。「ちょっと待って」と話しても、何度もやってきては誘う。5回目ほどで気づく。「あ、そうか。ごめんごめん。今、よね」上着に手を伸ばし、裏庭の森へ。


声のする方に行ってみると、馴染みのその子は飛んでは止まり、止まっては飛び立ち、を繰り返す。微笑ましく後をついてゆくと、ニワトコの枝に止まり、ジョウビタキらしいシッポの踊りを披露してくる。
ニワトコの花芽が数日前よりも大分大きくなっていた。「あぁ、そろそろシロップ作りの支度を考えないとね。」気づけていなかった自分に驚く。



そのまま、森の奥へ。ジョウビタキは姿を消したけれど、同じ森にいることが肌で感じられた。いつもの場所で心がフラットになったところでふと想う。


明日、私が大好きなこの場所にいられるとは限らない事。
来年、私が大好きなこのニワトコのシロップを作れるとは限らない事。

知らない間に姿を消していたあなたに、いってらっしゃいを伝えなかった事。
丁寧に綴ってくれたメッセージに「取り急ぎ」と用件のみで送ってしまっている事。

今日という日がはじまって、ほんの数時間なのに、これほどまでに私は後悔の種を自分にまいている。


私たちは明日という日が当たり前のようにやってくるとどこかで思っている。特に今日みたいな日には「当たり前ではない」と言いつつ、カレンダーにはずっと先のスケジュールを書き込んだりしている。



私は、今生まれた小さき朝露の結晶や花の香りに立ち止まれる生き方ができているだろうか。 人を想えるのも、全てはそこからのように想えた。


森に残した自分の足跡を見つけて想った。

私の足跡もまた、この森から時と共にいつか風化し形がなくなりゆくだろう。それもそう遠くはない。そのことが急に押し寄せ何とも言えない感情がこみ上げた。



けれども森を歩くうちに、少しずつ、少しずつ。樹々の芽吹きに、動物たちの痕跡に、暖かな陽射しを反射する水面に、森のざわめきに、宿った命を垣間みる。

少しずつ、少しずつ、私の命の鼓動がビートを取り戻してゆく。確かにそれはそこにあったと感覚が触れる「サインの記憶」は、この大地から消える事はないだろうとホンノリと感じ、私は妙な安心感を覚えた。



6年後のこの日、そんなことをボンヤリと森で考えていた。そんなとりとめもないこんなことを、ぐるぐると考えていた。家に向かう途中、今日送った大切なメールをもう一度送り直そう。綴れずにいた手紙を今夜ゆっくり書き始めよう。そう想った。



そんな今日が暮れていった。
ただ、それだけの話。






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霜月の雪。山ごもり。後編

11 25, 2016
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霜月 月齢25

・・・「霜月の雪。山ごもり。前編」←はこちらから。


森の奥へ。


樹々が傘となってくれるので、このくらいの雪だと森の奥の方が足元はとられません。

ついつい道をそれてその先へゆきたくなるのも、私にとっての自然の法則。

心がフワフワいたします。

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(動物たちは、今頃どこでどうしているのかしら)

広い森の中で、こうして歩き回っているのが自分だけのように思えて来ました。
それでも、そこには確かに沢山の気配や息づかいを感じるのです。

嬉しくなってしまいます。

そして、フフフと小道に戻るのでした。

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雪の重みで弛んだ枝々。
普段なら手の届かないものたちに触れる事が出来るのでした。

色艶やかなトンネルをくぐりゆく心地よさ。

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振り返って立ち止まり、来た道を眺めていると、不思議な感覚に包まれます。

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新に進んでゆくと、目の前にベールが現れます。

(あぁ、この感じ。私、知っている。)

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そしてその先で出会ったものとは、、、

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私は何度もこの樹に会っているはずなのに。

これほどの圧倒的な存在感を肌で感じた事があったでしょうか。

息を飲むほどに。それは、「美しい」という言葉でくくってしまいたくない気持ちが溢れました。

2つの樹なのに、1つに見えるその枝の張り方を愛しく想います。

樹々が枝を広げるスペーシングの絶妙さには、いつも感嘆させらます。


溜め息ひとつ。

そして時を忘れて立ち尽くしたのでした。


ようやく視線を下ろすと、少し離れたところに鮮やかに力強さを放つ色が私の視界の片隅に入り込んできました。

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小鳥たちの大切な蜜を内包している花。

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雪の重みに花びらを散らす事のない、凛とした逞しさがそこにはありました。


(あぁ、、、今日ここに来て良かった。)


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雪は止む気配もなく舞ってきては着地してゆきます。

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細い枝が折れない事を祈りつつ、、

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キブシの実のタンニン成分は、雪をも染めることを教えて頂き、、、

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あれやこれに心奪われながら来た道を引き返します。

同じ道でも新たな気づきがあるもので、私は「引き返す」という行為が好きだったりします。

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天気予報によると夕方には止むというこの雪。

紅葉と雪が同時に見れるのも今日だけかしら。
そう想うとより一層心をこめて見つめてしまいます。

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今度はあっちの方へ、、、と想ったのですが、メインカメラのシャッターが下りなくなりました。

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気づけばお腹がものすごく空いている。


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「お待たせ」

置き去りにした傘との再会。

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ここで私の「よし」がやってきて、家に戻る事にしたのでした。


家に戻るととっくにお昼ごはんの時間を過ぎていました。
かれこれ7時間ほど山ごもりしていたようで。

そして身体は冷えているどころか汗いっぱい。

そりゃあお腹も空くわけだ。


雪見お昼ご飯を食べていると、雪にみぞれが混ざりはじめました。

(良いタイミングだったわね)

そして温々とした夕を迎えました。

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↑この2日前↓

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季節が急ぎ足でバトンタッチしたというよりも、「思わず、ちょっと」という感じかしら。

そんなサプライズも悪くはない。

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一夜明けて今日。

雪は大分溶けてしまいました。


そして再び、紅葉が続きます。



何だか上質なショーを見せてもらっている想いです。

自然は、見方によっては時にとてつもなく厳しく無慈悲に想える事もあるかもしれません。

けれど、それでも、やっぱり、


自然て素晴らしい。


そんな単純な言葉しか浮かばない一日が、今日も終わろうとしています。






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霜月の雪。山ごもり。前編。

11 24, 2016
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霜月 月齢24

あれはほんの数日前の事でした。

竹ほうきで落ち葉かきに勤しんでいると、ふと、、、雪虫。

小さな妖精のようなその虫の訪れに、「あら、もうそんな季節?」と思わず呟いたのでした。



そんなことがあったことも忘れかけていた今朝。
目覚めると寝ぼけているのかと思うほどの雪景色が広がっていました。


霜月なのに。
霜を通り越して雪。


「こんな日は、山ごもりですね、ヤブさん。」

黒猫のヤブさんは、言うまでもないわ、とばかりに寝ております。

「家ごもりじゃなくてよ、山ごもり。」

黒猫のヤブさんは、そう言い出すと思っていたわ、とばかりに片目しかあけません。


私は急いで朝食を食べ、着込み、カメラとレンズと虫眼鏡をもって家を飛び出したのでした。

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森を抜けて、関東平野が見渡せるあの場所へ。

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ここからの景色が私はとても好きなのです。

何も見えないこんな日は特別に。

本当はあるものが、何も見えなくなるのですから。
けれど、その場に立ち、自分の中のものがフラットになってくると、見えない向こう側が不思議と見えてくる。
その感覚がたまらなく好きなのです。

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雪が激しくなるほどに、見えなくなってゆく。
見えなくなるほどに、見えてくる。
味までしてくる。

嬉しくなってしまいます。

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どのくらいここにいたことでしょう。
いくらでもいられてしまうので、「よし」とするタイミングが難しい。
それでも、なんとなく「よし」が訪れて再び歩き出すのでした。

ふと、銀杏の葉。

ポッと暖かな炎が灯ったかの様な暖かさがそこに。

はっと空を仰ぎました。

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紅葉と雪と。
不思議と寒々しさは感じられません。
暖色と呼ばれる所以でしょうか。

北海道の友人が、紅葉の前に一度雪が降ってね、と言っていたっけと思い出しました。
北関東でもそんな究極のコラボレーションに出会えるだなんて。

贅沢です。


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こうなると、頭は機能していません。

歩いて、ニンマリ。
シャッター押して、ニンマリ。

歩いて、ニンマリ。
ちょっと戻って、かがんで、
シャッター押して、ニンマリ。

その繰り返し。

亀よりも遅いペースで進む森散歩。

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家を出た時からわかっていたことがあります。

傘が邪魔になってきました。
カメラのことを考えると傘を持つ事になるのだけれども、、、


「ちょっとここで待っていてくださいな。必ず迎えにきますので。」

その間、モミジが埋もれない様に、と。


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そうして私はその先へと進んで行ったのでした。


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森の奥へ。

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そして、その先で出会ったものとは。


・・・・つづく・・・・


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「ふと」だとか「そういえば」だとかが運んでくるもの。

11 08, 2016
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霜月 月齢8

桜が咲き綻んでいます。

桜は少し寒々しさを含んだ曇り空がよく似合うと私は感じます。
春の桜も、秋の桜も。

青空に可愛らしい色を映えさせる桜よりも、グレーの空に白い花びらが溶け込みそうになる一歩手前で、しっとりと憂いある姿を魅せる桜の花が私は好きだったりします。

スカイブルーと淡いピンクだなんて、私には少しこそばゆいのです。
ライトグレーはピンクよりも白を際立たせるようで、落ち着くのです。

それは、優しく可愛らしさよりも、凛とした儚さの事です。

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今年も秋の桜が咲きはじめた頃、風にヒラリと落ちた花を拾い、ふと「そういえば、元気かしら」と、ある山仲間のことが頭をよぎりました。

そしてその次の日、その山仲間から「お元気ですか?」とメッセージが届きました。


「こちらは桜が咲き始めました」と書き出す返事。

この時期に咲き綻ぶ桜が在ることを知っている人と交わされる季節の言葉は、何だかちょっと心地良くもあり、何も特別ではない事を、ちょびっと特別に思わせてくれるものです。

私にはそのような友人がいることが嬉しく、共に山で過ごした時間を思い出し感じるのでした。


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森を歩いていると、そうした「ふと」が良くあります。
森(というよりも、偉大な【何か】かもしれません)を介して、どこかで繋がっているのでしょうか。

時に夢に出てくることもあれば、こうして「ふと」の中で、誰かさんと再会させてくれることもあります。

その数日内に、その人から連絡が入ることも実に多く、以前はイチイチ驚いていたのだけれど、最近では(然もありなん)と思う様になりました。

不思議だけれど、きっとそういうものなのでしょう。

だけれどもそれは、スピリチャル的な何か、などという大げさなものでは決してなく、もっと身近で日常的な何かに感じます。


だけれども得てして、そうして再会できる人たちが、その時の私にとって必要な何かをスッと気づかせてくれたり、モヤモヤしたものをスッとさせてくれるのは確かなようです。


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だから私は、「ふと」だとか「そういえば」だとかが運んでくれるものを、ちょっと大切にしています。




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紅葉の初まりと、モズの鳴き声と。

10 19, 2016
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神無月 月齢18


葉がそれぞれの暖かな色に染まる季節がやってきた。


今年の秋は長雨が続いた。そのことは、山暮らしの人々の心に未だ現れる。
「紅葉の色づきはどうかしらねぇ」と、毎年恒例であろう会話にも控えめな色を語尾に帯びさせる。


心では艶やかな紅葉を待ちわびつつも、その言葉には、
(あの天候を経ての今だから)
という響きがあるところが、私は何だか好きだ。


季節への配慮がある。
それは、とても美しいことだなと思う。
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山道をトテトテと歩き、湧き水をすくい口に含む。
クレソンを少し摘み、里を見渡せるあの場所へ向かう。


その途中、桜の葉に空いた無数の穴たちに呼び止められ、足を止めた。


夕焼けが空に広がっていった。
夕焼けが色づきゆく葉々を応援している様に、私は見とれた。


何かに心奪われて、その先へ行かなくてもいいや、と思える散歩は、良い散歩。
私はそう思う。




モズが高らかに鳴きはじめた。


ふふふと笑って、夕焼けを背に家路へと向かった。




深まりゆく秋の瞬間瞬間を、私はここで愛おしく思っている。

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Current Moon
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プロフィール

Author:Coo
森のある暮らし「ことり〜cotori〜」主宰。 三日月生まれ。 森と写真と黒猫と美味しいものと。 Coo、時々、久弥子。

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