葛の花の寒天寄せを花蜜で。

09 14, 2017
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長月 月齢23

No.002  Pueraria montana var. lobata

葛 : 花蜜と寒天寄せ


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閉じ込める。アクリル樹脂の植物標本のように。

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溜め息ひとつ。

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葛の花のシロップは、寒天の仕込みと同時進行で作っておく。

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彩度が落ち着き、新たな藤色を得る。ほどなくして色を失い、透明度を得る。寒天と共に良く冷やしておく。

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葛の花は夕暮れ時に良く香る。仄かなそれを感じる柔らかな風をそのまま思い起こさせる味。


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葛が今年の花の季節に終わりを告げようとしている。嵐がやってくるというので慌てて花を摘みに出かけた。

葛きりを葛の花シロップでいただこうと考えていた。けれど、花を摘んでいたら気が変わった。残り少なくなった花があまりにも愛おしく美しかったから、寒天で閉じ込めることにしたのだった。

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Leguminosae つまり、豆科。

葛は漢方でも葛根として広く知られており、その花も秋の七草がゆえに知る人も多いだろう。森の教室でも葛で草木染めされた方もいらしたり、季節のお菓子としてお出しした葛の花のチュイールは、焼き菓子にしてもなお口一杯に広がる花の香が喜ばれた。蔓の先の天ぷらは春先の野草料理会でも人気だった。その他、蔓で籠を編んだり、根の澱粉から薬を採ったりと、皆さんと共に学び楽しんできた。

ふと、この豆の存在をお伝えする機会を逃していたことに気づく。花の直後になる豆の柔らかな黄金の産毛だったり、透き通るその身の可愛らしさがあることなくして葛を語れないのに。それを伝えたくてシャッターを押した。

雨が上がった昨日、豆の産毛が朝日に輝く姿に会いに行った。



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この香りを身体いっぱい吸い込もう。最後ひとつの花が落ちる前に。
今日は秋晴れのカラリとやや暑い一日だった。よく冷えた葛の寒天寄せが嬉しい。

夕焼けを前に、鳶が高らかに声を上げ旋回し、蝉は夏の終わりを唄っている。




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ガーデナーたちのレシピ。

09 04, 2017
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長月 月齢13

「ミントが育ち過ぎてしまったまま、夏が終わってしまおうとしているから・・・」

サングリアを仕込む。


もうかれこれ15年以上前の話になるのだが、私がイギリスのガーデンで庭師として働いていた頃のこと。バラが咲く頃になるとガーデンパーティーが連日のように開かれていた。イギリスではサマータイムにあたり、日が沈むのが遅い。夜の10時くらいで日が暮れるので、平日でも夕方から呑気にパーティーが開かれていた。

敷地内にいくつものテーマ別の庭があり、それぞれの庭に専属の庭師がついていた。私が担当していたガーデンは一般に公開されておらず、外から覗く事すらできないものだった。そして、年間通してもわずか2ヶ月ほどしか庭師以外の人が入ってくることはない、所謂「秘密の庭」だった。それも、このガーデンパーティーのためにあるのではないかと思うほどの秘密っぷりだった。

担当のガーデンであっても、私にパーティが開かれる日が知らされているわけではなく、4時くらいになるとキャンティーンからシャンパンやグラス、軽食などが運び込まれて来るので「あぁ、今日もなのね」とわかる。

彼らは残業などという言葉は存在しないのではないかと思う働き方をしているため、5時の鐘がガーデンに響き渡ると、マスターたちや関係者たちが普段は鍵がかかって閉ざされている門から次々に入って来てガーデンパーティーが始まる。その時間になる頃には私も仕事上がりなので、ガーデナーたちの小屋に戻るためガーデンを後にする。


花が咲き誇るこの季節は芝も伸びるのもあってとても忙しく、たったひとりで広い広い庭の手入れをしていたため、夕方にはクタクタだった。小屋に戻るとお茶を飲み、その日の庭について軽くヘッドガーデナーに報告し、図鑑や本で調べごとをしながら先輩たちと他愛もない話をして、自転車をこいで家に帰る。そんな日々だった。


ガーデナーたちはガーデンパーティーをしないかというとそうではなかった。ただ、私たちには「じゃぁ何日にパーティーをしましょう」という言い合わせはない。その代わり、誰からともなく始まる。

「今日、あのキノコが採れたから炒めて飲まないかい?」
「セージを刈り込んだから、ソーセージ仕込みついでに飲まない?」
「ローズマリーの花が咲いちゃう前にと思って鴨を捕まえたから(本当は捕まえていない、ブラックジョークだ)、ローストして飲まない?」
「ナーサリーのミントの剪定をしたから、ガーデンサラダとサングリアにしない?」

そんな庭のタイミングと共に在るレシピというのが実にガーデナーらしく、そしてそれぞれの庭の成長を分かち合う喜びというのが、私は大好きだった。

そして、小屋から出てカラッとした天候の夕を過ごす。誰も来ない庭の片隅で、その庭で育ったハーブを頬張りお酒を交わす。他愛もない話に笑い転げ、心地の良い酔いに包み込まれる。クタクタだったはずの身体もすっかり英気を取り戻し一日を終えるのだった。今振り返ると、本当に良く働き、働いた身体を良く癒した日々だった。


サングリアにミントを添える。
それは、そんなガーデナーたちによるガーデンのための密やかなガーデンパーティーで覚えた味だ。忘れる事のできない味なのだ。



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にしても、ミントが育ち過ぎてしまった。花をつけてしまったので、種を採る方向でも考えていた。
とその前に、レモンとビネガーのドレッシングを合えたトマトのサラダにもした。それから、ミントティ、ミントシロップも作って、、、と頭の中がミントレシピで満たされてくると、「・・・あれ?ミント、足りるかしら?」となるから不思議だ。


冷やしたサングリアを飲みながら、あの頃を思い出していた。夏が終わり、ガーデンパーティーも次第に開催されなくなってきた担当の庭の片隅に置かれたベンチに腰をかけ、River Camを眺めながら、ただボーーーッと今日を想い明日を描くだけで、遠い過去もずっと先の未来も考える必要がなかった頃の事を。そして時を越えて今、大変だった事でさえも全て自分の糧となり良い思い出に変換されている事を。


あの感覚を思い出すだけで、私はそんな風に生きていけるのだという根拠のない自信を覚えることが出来る。それは、あの庭で過ごした時間と、ガーデンの先輩たちからもらったギフトだと今も変わらず想っている。


Film モノクロ 2013 スキャン源_


追記:「ガーデナーによるガーデンのためのサングリア」レシピ

・果実(オレンジ、レモン、リンゴ、パイナップル、バナナ、何でも良い)
・安いワイン(テーブルワイン程度の安物が合う)
・フレッシュなミント

適当である。いかに適当にカットし、適当にワインを注ぎ、適当にミントを摘んで添える。
*大切なのは、ミントがフレッシュであるということ。
*ミントの葉は飲みながらちぎったり、かじる事で爽やかさが更に広がる上に、香りによって脳神経を通じ効能も向上する。
*「適当」とは「適度」である。
*パイナップルジュースを加えると更に飲みやすく、酵素により悪酔いしにくい。お好みで。



ミントの効能:
疲労回復、鎮痛、冷え性改善、安眠効果、食べ過ぎ飲み過ぎの胃腸の消化を助ける、精神的な緊張をほぐす、リラックス効果、などなど。





赤紫蘇畑とシロップ作りと。

08 01, 2017
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葉月 月齢9

6月の末頃から、山に囲まれた平らな里に、赤紫蘇の絨毯が広がる。大原の緑豊かな景色に、赤紫蘇の深い色が際立ち目を引く。大原の特産でもある赤紫蘇。美しい光景である。

それは、7月のはじめのこと。

朝市に寄る前に少し散歩をしていた。いつもの如く、私は写真を撮り始めるとあまり動かず地面に突っ伏している。いつもの如く、夫は景色の向こうに豆粒ほどの大きさで景色に溶け込んでいる。

いつもの休日だった。

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ふら〜、っとあっちにいって、ふら〜っと戻ってくる。何を求めるでもなく。何をするでもなく。その深い意味のない行動をカメラ越しに追うのが私の趣味でもある。

が、この日は戻ってくる姿に、いつもにない何かがあるのに気づく。
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まるで、この景色を相手に指揮しているかのようだ。

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ご機嫌である。

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ご機嫌なのは私も同じ。というのも、里の駅の市では、つきたてのお餅が出来上がる時間が近づいていたのだ。イソイソと市に向かう。お餅を頬張り、野菜を選びにゆく。大原の農家「音吹畑」さんの野菜が売り切れていないことに一安心。レジに並ぶとその横で、枝付きの赤紫蘇がボワッと大きな束で売られている。

「折角だから、久しぶりに作りましょうかね」

新聞紙にくるんだ赤紫蘇の株は、まるで大きな花束の様で、何だか妙に心ウキウキ。(あら、私も女性らしいじゃないのん)と思うのだけれど、食と直結しているゆえのウキウキが8割り強であることは言うまでもない。


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というわけで、赤紫蘇シロップを。この色にキュンとする。(あら、私も女性らしいじゃないのん)と思うけれど、、、以下同文。

赤紫蘇作りで面白いのは、煮出していくと濁った茶色の液になるのだが、そこに酸(クエン酸を使うらしいが、私はレモン汁)を加える途端に、ふわーーっとこの鮮やかな赤ピンク色になるところだ。その瞬間は、まるで魔法使いにでもなったかのようで、ニシシとなる。

赤紫蘇の栄養は実に沢山あるけれど、効能として抗酸化作用に優れていて、疲労回復だけでなく、夏風邪予防やシミ予防にまでなると言われている。食欲増進、整腸作用もあり、つまり、真夏のドリンクとしてもってこいなわけだ。

シロップの濃度を濃いめにつくると、発酵することなく保存が長く効く。多く作った場合、冷凍してしまえば良い。

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気泡の入ったグラスに氷を入れ、シロップを注ぐと、夢心地になる。
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といいつつ、実は今回失敗したのである。目分量を良い事に、保存が効いた方がいいから、、と砂糖を入れ過ぎたのだ。
水やソーダで割っても甘すぎたとしても、ガッカリせずに。レモン汁などを入れると爽やかに美味しく頂ける。

我が家は、義母にもらった柚子酢(酢といっても、酢は入っておらず、柚子の原液)が救世主となった。レモンよりも更にサッパリ。実に美味しい。柚子酢を注いだ時の赤とクリーム色の2層がまた美しい。


にしても、毎日暑い日が続きます。ヤブさんは何かにつけて、私の視界の先の方でデローーーン。毛皮だものね。お気の毒に、、、と思ってピントを移すと、、、
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何なの、そのポーズは。
ヤブさんは赤紫蘇ジュースなしでも、京都の暑さも平気そうです。

そうこうしていたら、あと2杯分のシロップを残すのみに。先週末、通りすがりに未だ赤紫蘇畑健在を見かけたので、あと一回はシロップ作ろうと思っている。


蝉とヒグラシの大合唱が心に響く。そんな京都の夏の夕に。
皆様、暑中お見舞い申し上げます。






ハリエンジュの薫り。

05 26, 2017
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皐月 新月

No.001    Robinia pseudoacacia
ハリエンジュ(別名ニセアカシヤ)  : 花の氷菓子

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ガラス細工の様な氷菓子。 口に含むと「パリン」、蜜の様なの薫りが「ふわっ」。

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純白に透明度が足される。雪の結晶のような美しさはグラニュールでしか成し得ない。

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ニワトコのシロップが終わろうとしている。それを引き継ぐかのように咲くハリエンジュ。 春から夏にかけ、私にとって大切な薬。美味しさも薬効のひとつ。

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森で感覚瞑想をしていると、緩い風の中に爽やかな甘さを感じた。遠くであの花が咲いている姿が浮かぶ。

ハリエンジュの花を摘みにゆく。
幼い頃の記憶が溢れてくる。母と摘んだ花。今夜は花の天ぷらだ。あの喉の奥まで注がれる様な甘美な香りに包まれながら花を摘み、晩ご飯が待ち遠しいあの感覚。それがいつもより少し足早にさせる。

今年は二度にわけてハリエンジュを少しずつ摘んだ。一度目はやはり天ぷら。そして二度目は花の砂糖漬けとシロップ。

幸せである。この上ない幸せ、である。


森料理は瞑想。日常のあれやこれはどこへやら。森の映像と質感だけが私の内に流れゆく時間。

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私の好きな梅雨入り準備、完了。

森よ、ありがとう。







春の味覚祭りとご報告と。

04 21, 2017
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卯月 月齢24

柔らかなものに囲まれる春。

気づけば初夏の陽気になっていた。「春眠暁を覚えず」といういう台詞を春風のようにアクビと共に棚引かせたい。今春の私はどうかしている。

毎年、この時期は浮かれまくっていたではないか。恐らく、鼻歌混じりに歩く小道も、スキップの「トンッタタン」の「トン」と「タタン」の間の「ッ」ほど常に浮いているのが春というもの。 けれど今年の私はというと、「タタン」の「タ」と「タ」の間の文字的には表現されない程度(実寸ではほんの0コンマ数ミリ)ほどしか浮いていない(浮かれてもいられない)でいるイメージ。

けれど、どんな状況に晒されていようとも、時間に追われていようとも、例え0コンマ数ミリであっても、春というものはフワっとした何かを含んでいる事に有り難さを感じている。

その慌ただしさの最中の今日、裏庭で春を摘んだ。ニワトコの花、ツクシ、山椒の葉、タラの芽。つまり、私の好物たちだ。そして毎年恒例のあれこれを作るのだ。

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ニワトコの花は、シロップに。
葉も枝も独特な香りのニワトコだけれども、花は独特でも甘くどこか爽やかに深い香りで包み込んでくる。このシロップは数ある花のシロップの中でも私が最も愛するもので、欠かす事ができない。この家に移り住んで最も嬉しかったことのひとつが、ニワトコの樹があったことだった。それほどまでに私にとってニワトコは大切な植物である。

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筍ごはんに山椒の葉を。
山椒の葉をパンっ!と掌でたたく。香りたつ。山椒の葉がなくとも筍ごはんは確かに美味しい。けれど、山椒の香りが加わると無敵だ。飛び込んで頭の方へ抜けてゆく。「奥行きがでるね」と夫は言う。確かにその通りだと関心させられる。

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タラノメは天ぷらに。
何の捻りも必要ない。天ぷらが一番。以前沢山タラノメを頂いた時にグラタンの様にしたことがあった。それはそれで好評だったけれど、天ぷらなしには語れない。

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そういえば、塩豚が仕込んである。そしてセリがある。この組み合わせは間違いない。

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せめて。そう、せめて、ね。
こんな時だからこそ、大切にしたいものがある。それが「旬」だ。


お腹いっぱいになった頃、夫の樹さんが言う。「そういえば、、、ツクシ摘んでなかった?」
ツクシは、、、去年もレシピを紹介した肉汁炒めに、、、明日する予定で今日のところは春の味覚祭はお開き。



お腹いっぱいになると毎年「また来年」と「ごちそうさまでした」とに手を合わせる。
だけれど今年は、、「来年も味わえるだろうか」と「ごちそうさまでした」とに手を合わせた。


そう、私たち夫婦は、この森を離れる事になったのだ。


新天地でまた大好きな野草や薬草たちを一から探す事になる。それは楽しみでもあり、不安でもある。ここまで自分の中で大きく欠かせない存在になっている野草薬草たちがいることに気づかされる。

今日これらの野草たちを摘みながら、切なくなった。とても切なく、けれど暖かく。ジンワリジワジワ、泣きそうになった。


「失う事は手に入れる事」


ミュージシャンでもある夫の曲にある言葉がよぎる。そういえば、裏高尾から筑波山に引っ越した時もそうだった。そして今があることを想う。


うん、大丈夫。きっと私はまたあの薬草やこの野草を、ここあそこと見つけては喜び浮かれて過ごしてゆくのだろう。これからも私は、そうして生きてゆくのだろう。



歳を重ねるとは、ないものを嘆くという行為が徐々に減ってゆくことなのかもしれない。目の前にあるものを喜び、有り難く想いゆく。そうして角が少しずつとれてゆくのかもしれない。少なくとも、私はそうなりたいと願っている。


cotoriの森で過ごせる時間も残り僅か。大切に過ごしたいと想う。心に焼き付ける様に。



【追伸】

空と大地の教室「つきのわぐま」に続き、「森のある暮らしcotori」としてブログを続けて参りました。引っ越しにあたり、この1年本当に色々とありましたが、場所や形は変わっても森のある暮らしは続けられることになりました。とても思い切ったことではありますが、これが私たち夫婦らしい決断であったと信じます。

ご報告が遅くなってしまった皆さん、申し訳ございません。突然のことで驚かれたかもしれませんが、新天地の家が決まったのもつい2週間前のことでした。急にバタバタしいるため、メール等のお返事も滞っていてごめんなさい。
詳しくはまた改めて綴らせて下さい。とりあえずご報告までに。



蛙の歌が心地よく響く夜。心はこの森と向こうの森が繋がりはじめています。
それでは、穏やかな夜を。

Current Moon
CURRENT MOON
プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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