季節の受け取りかた。

09 30, 2016
長月月齢28
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長月最後の朝、
空に青色が戻っていた。

町に用事があって山を下りると、
里では最後の稲刈り待ちの穂たちが黄金に傾いていた。

コンクリートの壁に覆われた無機質な建物の中で
私は自分の名前が呼ばれるのを待っている間、
幸田 文 著「台所のおと」を読んでいた。

ひとりの女性が戻って来た。

私は姿勢を正すようにして視線を本に戻し本を読み続けていた。

1ページも進まないうちに、
その女性が泣いているのが伝わってきた。

私は本を読んでいる。

を演じていた。


しばらくすると、
女性は溜め息をひとつつき立ち上がった気配がした。

彼女の後ろ姿がゆっくりと消えてゆくのを見送り、
私は再び本の世界に戻ったのだった。




「都会には季節感は少ないと言います。
 確かに新鮮な季節は少ないのですが、人もいけないのです。
 季節の受け取りかたが だんだん下手になっているような気もします。・・・」 

という言葉で始まる短い物語。


「・・・私はまだ当分、焚き火のにおいを身につけている女でありたく思うのです。」

という言葉で物語は終わる。


途中の淡い命と命の物語にはそっちのけで、
その部分だけをピックアップしてしまうのは何とも乱暴だけれども、
初まりと終わりの言葉だけでグッとくるものがあった。


私は周りを見渡した。
(あぁ、人々の服装もすっかり秋ね)

窓の外には木の葉が
夕暮れ前の柔らかくなりはじめた光りと戯れていた。
(あぁ、明日は新月ね)



ようやく私の名前が呼ばれた。



山に戻りほっと一息。
散歩に出かけた。

秋の夕射光が柔らかな色を帯びていた。
里でみた稲穂の傾きと重なった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どんよりとした空が長く続いたっていい。

雨が続いたっていい。

光りをこんなにも美しいと感じられるのなら。


物語の途中はひとそれぞれであっても、
きっと、はじまりと終わりは一緒だ。


産まれて、死ぬ。


ただ、その物語の途中において、
私たちは日々ギフトを与えられている。

時に、そのギフトが「当たり前ではない」と自覚するためのギフトも。

私にはそう思えてならない。



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夕暮れが本格的になると、
光りは彩りも形も変えていった。

お気に入りのこの場所も、
上下左右、緑で覆われている季節もあとどれほどだろう。

さぁさぁ、
この森でも落葉が少しずつ始まりましたよ。

秋。



私はまだ当分、焚き火のにおいを身につけている女でありたく思います。







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森のある暮らし「ことり〜cotori〜」主宰。 三日月生まれ。 森と写真と黒猫と美味しいものと。 Coo、時々、久弥子。

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