一輪挿しに生けるもの。

06 29, 2017
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水無月 月齢5日

大原の三千院をフラッと訪れたのはツツジが艶やかに咲き誇る時期だった。まるでツツジを絵画の様に鑑賞するかの如く開け放たれた小窓越しに花を眺めては、暮らしの中における庭木の愛で方に触れた気がして、どこか懐かしく感じた。

三千院の庭が素晴らしい事は言うまでもないが、私の心のずっと深いところに触れたのは、お手洗いに向かう薄暗い通路の隅に気取らず生けられていた花と、お香の煙が宙で消えゆくライン、そして その静かな香りだった。

暫し立ち止まり眺めていた。するとふと、ある一輪挿しのことを思い出した。



「食卓にそっと野の花を生けられる様にね。」

母がそう言って、一輪挿しを贈ってくれたのは、私たち夫婦が京都へ引っ越す直前の挨拶と父の墓参りのために実家を訪れた時の事だった。京都で学生時代を過ごした母は、京都行きを喜んでくれているようだった。

箱を開けると、銀製の一輪挿しが姿を現した。「重いから花が倒れなくて良いね」と母には言い受け取ったが、こんなお淑やかな花器は私の好みではないのに、、、野の花ならば尚更、もっと土臭い器や無骨な質感のガラスにザックリとさ、、、と内心想っていた。

そもそも野の花に関して私は「野の花は野にあるからこそ美しい」と日頃思っているので、野の花を飾る目的で摘むことはほぼない。摘むからには食すか薬にするなど何かに利用する目的があっての行為としている。庭や野の花を飾るのは、大切な誰かを家にもてなす時だけに限定される。

そんなこんなで、銀の一輪挿しは使われることなく引越し荷物の中でずっと身を潜めていた。



思えば物心ついた頃から、母とは考えや物の好みが合わないと感じていた。母は私たち姉妹に少しくすんだパステル調やらシックな色の服ばかり選んで着せた。筆箱も流行のプラスチックの物は絶対に買ってくれず、ランドセルとお揃いの皮製の赤い筆箱を用意し、靴もキャラクターのついた物はもってのほかで、渋い赤色に真白な紐で結ぶ靴しか買ってくれなかった。

「子どもには、もっとハッキリとした色を身につけさせるものですよ。そんな大人びた色はウンヌンカンヌン、、」と叔母に小言を言われても、母は耳をかす様子すらなかった。

今思うと、母も父も私たち姉妹には質が良く、大切に使えば長く使えて味が出てくる物を選び与えてくれていたのだとわかる。特別裕福だったわけではなく、すぐ壊れる安物は何度も買い替えることになるから結局高くつくという考えもあったのだろう。だが、幼い頃は皆と同じが良くて羨ましくもあった。

けれど、そんなこと言おうものなら、「あんな物がいいの?趣味がよろしくない。皆と同じである必要がある?」とピシャっと言われて終わり。そんな母だった。


当時筆箱業界に旋風が起こっていた。そんな中、千円ほどで買える多機能筆箱を就学しはじめの子どもが喜び使うよりも、自分のこだわりで何倍ものお金をかけて何の変哲もない革製のものを選ぶ母だった。姉は子どもの頃から妙に大人びていて、母の好みと合致していた様に思う。けれど私にとっては、どうみても友だちの筆箱は何かと飛び出したりして愉快で便利そうに見える。ゾウが乗っても壊れないとテレビで言っているくらいだから、きっと物凄く丈夫だろうに、、、と思っていた。(今思えば、牛皮にチャックがついただけの筆箱だって、ゾウに踏まれても壊れはしないのだけれど)

母の嗜好はハッキリしている上に、人に対する独特の観念がある人で、とても難しい人だった。母にしてみれば私の考えや行動が理解できないのだろうけれど、それは母の偏った考えに傾倒していないだけだと私は思っていた。


ただ、この歳になって気づかされることがある。相変わらず母とは価値観や思考は相容れないものが多々あるけれど、いつからか私も少しくすんだ色の物を好み、大切な道具などは買ってから他に目移りしないだろう物や、シンプルゆえに使うほどに味がでる余韻を持たせた物を探し吟味する傾向にあるのだ。

友人の出産祝いの品を選んでいても、母が当時私たち姉妹に選んでいただろうテイストの物を、こっちの方が可愛いのにな、と感じている自分がいる。今だったらキャラクターや多機能筆箱よりも、皮の筆箱の可愛らしさの方が断然良いと思ってしまう。ハッとし、いつの間に、、、と苦笑する。



母は、華道や茶道を若い頃から心得ていた。私にも幼稚園の頃から茶道を習わせたほど、自分の中に何か通じるものが息づいているのを感じていたのだろう。母は田舎に嫁ぎ家業を手伝うようになってからは、山の見回りのついでに良く花を摘んで来ては床の間などに生けていた。季節毎に掛け軸や絵画を替え、山の花を合わせ日常を楽しんでいた。そしてそれはとてもザックリと大胆な生け方だったと、私は今でも雰囲気として覚えている。そしてその雰囲気を造作なく作り出す母は、理屈ぬきに一人の女性として素敵だったことは認めざるを得ない。


そしてふと気づく。


銀製の花器は私の好みではないけれど、上手く使いこなせないから嫌厭している自分がいる。「母ならどう生けるのだろう、、」そう思うと、このスラリとしたフォルムの花器に、粋に生けられた野の花が実家の片隅でさり気なく在るのが思い描かれ、どこかノスタルジックな空気が耳の後ろ辺りから沈殿する様に広がっていった。


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先月、大原の朝市で紫陽花に目がとまった。何故かとても気になり、帰り際に一束買った。「花ごと水にドボンとくぐらせてから、水切りすると元気がなくなってもピンとします」と教えてもらった。そのおかげで、撓りはじめてはピンとし、を繰り返し、驚くほど長く楽しませてもらった。

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土の質感の荒い片口にバッと生けた。私には花の心得なんてないけれど、母の大胆さだけは引き継いでいる気がしたが、私はまだ妙にまとめようとして、器に生けるだけで空間に生けれていないことを痛感したのだった。


暫くしたある朝、母がくれた一輪挿しにシオギクの葉がポツリとさしてある事に気づいた。夫の仕業だ。先日徳島の義母と3人で岬を散歩した時に摘んでポケットに潜めていたものだった。何だかシュールな出で立ちで食卓にチョコンと居る。「難しく考えなくて良いのかもね。」と思わず笑った。

シオギクの葉を眺めていると、植物を生けることに対して身構えてしまうことは、とても勿体ない事の様に感じた。そもそも一輪挿しは暮らしの中に、構えることなく植物を添えるもの。野の花であっても、花屋に並ぶ花であっても。もっといえば、植物を生けるようで、植物との出会いや、手にした時の想いを生けている様なものなのかもしれない。母が言った「そっと野の花を生けられるようにね」の「そっと」の意味を感じ、何故一輪挿しだったのかを漸く理解した。


そんな風に少し力が抜けたところで、漸く梅雨らしい空模様になってきた。


夏至も過ぎ、今は三千院でも紫陽花が咲き満ちていることだろう。
雨がパラリときたと思ったら止み、ボワッと暑くなった今日。今夜は蛍が後り僅かと飛び交いそうだ。

とその前に、散歩がてら野の花に会いに行こう、そう想っている。



Current Moon
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プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 夫の樹さん、黒猫のヤブさんと私Cooこと久弥子、ふたりと1匹、森暮らし。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれ、など。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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