WILD AND NATIVE ~「無意識的背景」から「意識的情景」へ~

11 09, 2011
acer colour

霜月 月齢13日

雨に打たれておりました。
森の中でいかに身を潜めるかという技を、実践的に学んでいた時の事です。
大地にうつ伏せになり、身体中を張りめぐらす緊張感が、私を支配していました。
雨は次第に強まり、冷たい雨は私の体温を吸収するかのように降り注いでいました。

雨がかき消す音への執着なのか、自分への抵抗なのか、こわばった身体を捻りうつ伏せに。
思考も行動も全てを一時中断し、大地と背中合わせに空を仰ぐ。

そこには、同じく雨に濡れた鮮やかな紅葉の存在がありました。「ずっとここにいましたよ」とでも言われたような気がしました。

そして、自分の鼓動、自分の体温が強調されると同時に、目の前にあるものたちと自分の間を隔てていたものは、雨ではなく、自分自身の感覚の狭さであったのを深く感じたのでした。

その時私は、全てのものと平等に、私にも雨を降り注いでもらっていることに気付き、雨がもたらしてくれる優しさに感謝したのでした。

acer seeds

するとどうでしょう。全てが彩を増し、輝きをもってそこにいることに気付きだすのです。
そうなると、視点がかわり、捉え方まで変わってくることもあるのです。

そうして私は、身の回りにあるものを「無意識的背景」としての存在ではなく、「意識的情景」として知るのです。

目的を持って森に入ることを私はどちらかというと好きではありません。けれど、目的をもっている時こそ、それを果たすためには、こんなものたち1つ1つの存在を「無意識的背景」としてしまわない事が大切なのかもしれません。

そんな単純だけれど、誰もが見落としがちなことを、体験として与えて頂きました。


これは、空と大地の教室「つきのわぐま」を発足する大きなキッカケをくれたWILD AND NATIVEというネイチャースクールで開催されたプログラム内での私的体験です。

ネイチャースクールというものに対して、自然の中にいることに対して、お金を払ってまで学ぶって何?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。かつて私自身もそうでした。
それは、「水(ミネラルウォーター)をお金出して買うなんてアホくさ!」と衝撃的に思った中学生の頃の感情にちょっと似ています(え?似てない?)けれど、ミネラルウォーターを買うにも理由があります。特に、この現代社会においては・・・。

そうしてでも学びたいことがあることを私は知ってしまい、早数年が経ちます。

ネイチャー系のワークショップは他にも山ほどあります。けれど、ワークショップで語られる言葉の一つ一つが、いかに「大地に根づいた経験から生まれたもの」があるか否かの差は大きな違いを生みます。

レクチャーに敢えて難しい言葉を使ったり、フワフワした曖昧さがない。単純明快だと思います。間にチョロチョロ挟まれるジョークはさて置き・・・

ワークショップまでの日を指折り数えて楽しみにし、ワークショップが終わったと同時に、「あぁ~、終わっちゃったぁ~」と思わず言葉が発される。

子どもプログラム等では良くある光景かもしれませんが、大人をもそうさせるなんて、ちょっと特別。
こればかりは経験した人にしか語れないものがあると思いますが、ただ1つ、私からお伝えできることは・・・

大人になるに従って着こんでしまったものを一枚ずつ脱いでゆくと、ここまで世界は輝いているのか!と感じられる、ということでしょうか。

今日も穏やかな一日です。
そう思えるのも、WILD AND NATIVEとの出会いを通じて、私に生まれた情景です。
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Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 夫の樹さん、黒猫のヤブさんと私Cooこと久弥子、ふたりと1匹、森暮らし。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれ、など。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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