クジラとイルカの違い。

04 20, 2015


卯月 月齢1

山から海へ。

少し前の事。


山生まれで海を知らずに育った私。
島生まれで海が胎内に流れ育った樹さんが、海に行くと言うので一緒についていった。


晴れやかに澄んだ空と青い海も良いけれど、少し落ち着いたこの日のような海が私は好きだったりする。

だけれど、海は私を、どうしてよいかわからなくさせる。

圧倒的すぎるのだ。

私にとって海は、ある種の恐怖にも似た何かがあって、戯れられないどころか、近づきにくい。

なので遠巻きに眺める。



樹さんは、いつも気づくとすぐどこかに姿を消す。

フラッといなくなって、フラッと戻ってくる。

なのでその間それぞれの時間が流れる。

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そういえば幼い頃、行ったこともない海の絵を夏休みの絵日記に描いて、母を哀しませた事があったことを急に思い出した。

その絵は、悠々と泳いでいるものを波打ち際で見つめているのを背中越しに描いていた。


夏休み中、忙しくて海にも連れて行ってあげられなかったからだ、と母は嘆いた。


子どもはイメージの中でどこにでも行ける。
そしてそれがとてもリアルだ。

そんな子どもならではの小さな旅を描きとめただけなのに、と今だから説明が出来るのだけど。


「海岸からこんな風にクジラが見えたりしないよ」
クラスメイトの女の子に言われた。

「海に行ったことがないから、、、クジラをこんな風に描くなんてね」
母にも言われた。


その事自体よりも、イルカを描いたののにクジラだと解釈されて「イルカなのに、、」と言えなくてモジモジしたことを、海岸から海を眺めていて急に思い出した。


海を見ながら、そんな淡い記憶が、儚く弾ける炭酸水に記憶を洗い流されてはくすぶられるかのように、波が押し寄せては消えていた。


ふいに、そこを通りがかったご年配の男性に話しかけられた。

なので、「どこから来たの?」と聞かれ、一瞬故郷の名前を言いそうになった。

それを察してかせずか、「生まれはどこ?」と尋ねられた。

きっと知らないだろうに、と生まれ育った小さな田舎町の名前を言うと、

「昔その近くに仕事でいたよ」と言う話で続けられた。


私は海を眺めながら、昔話を半分気もそぞろに聞き流し、言葉のもつ音の拍と拍の間に軽く相槌をうっていた。

話は海から山へ、山から海へと飛び交い、私は鼻上げしている魚のように泳いでは飛び、飛んでは泳ぎを繰り返していた。


フラッと樹さんが戻ってきて、会話に加わった。

「今あなたたちが住んでいる山の麓の先の市内の街の辺りは、昔は森が広がっていたのですよ。

開発が進んで、今では何もなくなって、商業施設がどんどん建ってるけれど。」


他愛もない会話だったはずのものが、急に色を帯びはじめた。

「森が広がっていた。」という言葉に、ブオンと森の風が吹き抜けた。

開発が進んでいるあの土地に、ザワザワワーーっと森が広がりゆく映像が自分の中に流れ出した。


他愛もない会話が再びはじまり、その続きは曖昧なチューニングのラジオのように、意識の向こうの方で流れていた。


私は会話を樹さんに任せ、写真を撮るフリをしてその場にいながら会話から少し外れた。


暫くして、「それでは」とわかれ、お互い家路についた。



我が家がある山の中腹の見晴らしのよい場所から町を見下ろすと関東平野が続き、晴れれば東京の方まで見渡せる。


あれ以来、その景色に森を重ね見ている自分がいる。

今目の前に広がるこの光景に、人間の何たるを、を重ねるというわけではなく、ただ、その森が広がる光景を、私もここから見てみたかったな、、とシンプルにそう思う。


そして、時折ふとした瞬間に、あの海のことを思い出す自分がいる。




それから少しして、海でのそんな会話のことも薄れていた頃。

山からそう遠くもないその海岸で、イルカたちが大量に岸に乗り上げ息絶えてゆく姿がニュースになった。



色んな人たちがそのニュースについてシェアし、イルカたちの大量死の原因をあれやこれやと当てはめ言葉を添えていた。


私は、、

ただただ、あの場所にイルカたちが瀕死状態で横たわる姿が脳裏に映し出されて胸の奥がザワザワギューッとしていた。

私は、そのイルカたちの事を知っているわけでもないのだけど、何だか親しい人を亡くすような感覚に陥った。

私は大人になって、クジラもイルカもそのフォルムを大まかに描けるようにはなったけれど、それだけに留まり、何も知らないままだ。


そしてそのニュースを、私は今も引きずっている。



ニュースは何を語ろうか。

ニュースに何を語らせようか。


それは、その人それぞれのものであるのかもしれない。

テレビのない我が家では、ラジオからニュースが流れてくる。

そのたびに、映像は自分の知識内で構成されている。

映像に描けない部分を後で調べる。
そうすると意外な発見があったり、いかに自分の世界が自分の色眼鏡や、自分の認識不足から成り立っているかを思い知らされるのだった。



明後日のアースディ(環境について改めて考える日)を前に、何となく綴っておこうと思った勝手で他愛もない一考察。

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そして一昨日、樹さんが今度は山に登るというのでついていった。


この人は、海にいようが、山にいようが、立ち振る舞いが変わらない。

気づくと、フラッとまたいなくなる。

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樹さんは海へと続くその景色を、棒っこを手に見つめていた。

私はそこに広がっていたであろう森を想い、カメラを手に見つめていた。


山の頂上は風がとても強い日だった。
空が海の様に広く深かった。


そしてその間を、それぞれの時間が流れていた。


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プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 夫の樹さん、黒猫のヤブさんと私Cooこと久弥子、ふたりと1匹、森暮らし。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれ、など。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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