ペルセウス流星群に。

08 13, 2015


葉月 月齢28


ペルセウス流星群のピークが今夜あたりからと聞いて、明日の新月を想い、宇宙のことを感じていた。


丁度写真の整理をしていて、一枚の写真に目に留まった。


私は植物園で深い宇宙を感じる事がある。
ファインダーを通してその宇宙に触れる事が多々ある。


植物園の温室の空気は肌にまとわりつき、呼吸を浅くさせる。

シャッターを切る指にまで湿度を含むかのように、重い瞬きが斬られる。


個人的な写真を撮る時は、マニュアルしか効かないカメラと、古いロシア製の50mmレンズに、紅い縁の小さな虫眼鏡の様なものを当てて接写もどきで撮っている。

その事にこだわりがあるわけでもなんでもなく、私がカメラを始めた時からずっとそうしていることなだけ。

ポケットカメラを愛用し、レンズをもっていなかった当時、何の気なしにいつの間にかそうしていた。


その不自由さたるや極まりないのだけれど、他を知らずにずっとそうやって撮ってきたから何とも思わなかった。


デジタル一眼を手にしてからも、今まで個展などで展示してきた写真の大半は、その変態カメラに虫眼鏡で撮影したものである。



そのスタイルで撮影している自分の姿は、とても滑稽だと、つい最近知った。

というのも、夢中になってファインダーを覗いていると、樹さんからメッセージが届き、カメラに虫眼鏡を当てて、這いつくばっている怪しさ満載な私の姿写真が送られていたのだった。


なるほど、公の場では気をつけないといけない、そう思って苦笑いをした。


その事に気づかされた事もあってか、週末の植物園は、そこそこ賑わっていて何だか心落ち着かなかった。





辛いことこそ表現する人もいるけれど、辛い事こそ表現しない人もいる。
そもそも表現などしない人もいる。


そんな事を考えさせられていた先日、友人がこの森に泊まりにきた。

我が家から少し行ったところの、関東平野が見渡せる場所から、夕焼けが闇に包まれ、遠く街の灯りがついてゆく様を眺めながら、そんな話をしていた。


人の苦労というのは端からはわからないもので、楽しんでいる姿にばかり目がいくから、その人が実は影でどれだけ辛い想いをしていたり、辛さを乗り越えたりしているか、、、という話になった。

ただ、それを表現しないだけだと。

そんな話を取り留めもなくお互い話していた。



「ん、大丈夫だよ、きっと。」


そう心に託したら、流れ星が西南の空を駆け抜けていった。


ふたりして、小さく「あっ」と声を揃えた。


多く語る必要はない。

ん、大丈夫だよ、きっと。


そんな根拠のないエールを、彼女に気づかれないように葉っぱの影から送って、再び山の向こうに広がる世界に目をやった。





ここから続くずっと向こうの方に、今日を精一杯生きている人たちがいる。

歯を食いしばって、笑顔でいる人たちがいる。

その笑顔は自分のためではなく、誰かのために頑張っているエネルギーから生まれ出るものであったりすることもある。

それが結果として自分も笑顔になることが出来ればと願う人たちがいる。

人にも、自分にも誠実で在りたいと願う人たちだ。


そんな人々の笑顔に触れても、良い事だけを並べているなどとは、決して思わない自分でいたい。

そして、私もそう思われていようと構わない。

そんな人の切なる想いに対して、心配しているフリなどしないで、言葉にせずとも自分なりのエールを贈れる人でありたい。


私はそう思った。



人にどう思われたっていいんだよ。


どんな毎日であれ、己が自分を生きる事自体に誇りをもとう。


そう思うと、私はあの変態カメラに虫眼鏡を当ててファインダーの中の宇宙に恋い焦がれる事に躊躇する事の方がアホくさくも、もったいなく感じた。



自分が思うほど、人は自分の事などみていない。

誰かさんに何か言われたとしても、人は常に自分の事を気にかけてなどいない。

だからこそ、自分に正直であれ。


その時限りの他人の言葉、その時限りの相手の感情に惑わされることなかれ。


かといって、耳に心地良いだけの言葉にウットリすることなかれ。

毒があるように感じる言葉にも、その底に潜んだ愛情のようなものを汲み取れる力をもとう。


心地良いだけの芯のない言葉の羅列は、時に表面だけの陶酔を誘う事がある。

その陶酔は時に、反転してあなたを沈めにかかる事がある。
そしてどうしようもない孤独感や空虚感を、あなたに引き寄せる事すらあるかもしれない。


そんな時、私は言いたい。


自分の中心から来る言葉に耳を向けよ。

例え人の言葉や感情に沈みこまされたとしても、水面にヒラリと舞い落ちる木の葉が生み出す波紋の美しさを忘れることなかれ。


その木の葉を揺らす小さな風の吐息を扇ぐことなかれ。


宇宙は、必ずその頭上に広がり、地球を抱くように腕を広げてくれている。


ん、だから大丈夫だよ、きっと。


根拠はないけれど、
根拠なんて元々要らないんだってことを。



ペルセウス流星群が走り抜ける空を見上げながら、例え星が見えたとしても見えなかったとしても、自分の小ささと共にある、自分の内に息づく広大なる宇宙を感じてみよう。


自分は小さくも、大きな存在であることを知るだろう。

そして、「自分を生きて良いのだよ」と風や木漏れ日に囁かれる事もあるだろう。


それは、私が森から教えてもらったとても大切な事。


必要な人の元に、どうかこのメッセージが届きますように。

物事は、もっともっと単純で、そこには必ず、芯のある美が含まれているのだということ。



新月の明日、私もカメラと虫眼鏡を持って出掛けよう。

ん、そうしよう。


そんな明日は、何だか素敵なものに出会える気がしているよ。
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森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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