立春に。

02 02, 2016




如月 月齢23

それは、写真でいうところの、ピントとF値のようなものだ。

例えば、ある人がカメラを構えて、花を撮っているとしよう。
端から見ると、「あぁ、花を撮っているのね」としか写らないだろう。

けれど、その人の内には、
何をどう見る、
何をどうぼやかす、
はたまた、
何も見せない、
何もぼやかさない、
がカメラを構える瞬間には既に決まっている。

けれどそれを他者が読み取る事は恐らく困難だ。

だからこそ、その人のものとなり得る。


それと似ているのだ。
という前置きをここに添えて今日は綴りたいと思う。





立春を前に、
この場をおかりして、正直にお話しておきたいことがある。


ここ半年ほど行ったり来たり考えていた事がある。

それは写真のこと。
そして言葉にするということ。


写真を撮る必要があるのだろうか。
言葉にする必要があるのだろうか。


今更なのだけれど。
ものすごく今更なのだけれど。


私は
何を伝えたいのだろうか。
何かを伝えたいのだろうか。

そこに何の意味があるのだろうか。


最近、
みせるということに疑問を感じていた。

写真として、見たものを。
言葉として、心の内を。


「絵が描けたらな」と思う事がある。
絵を描けないから写真を撮ったり、言葉にしたりしているところがある。


ただ、写真というのはその人の視点そのものであり、
リアルにもごまかしがなく、
真っすぐに艶かしくもある。

だから、内臓の中まで見透かされる気がして、当たり障りなく在らんとすることで、逃げていたのかもしれない。
当たり障りない写真に、それっぽい言葉を添えて。


去年のある時から、偽っている気がしてならなくなった。



SNSがそうさせた、というのは実際にあって、
「いいね」といわれるようなものが溢れている世の中の流れに、自分ものまれていなかったか?と顧みる。


本当、くだらないね
本当、ださいね

そう想った。



自分にしかわからない世界があったっていいじゃないか。



意味がありそうでいて本当は意図的な嫌らしさが先立つものに嫌気がさした後には、
意味がなさそうで本当にないものを見せることに興味が湧いた。

自分にとって、のお話。


写真をはじめた頃の私がニヤリと笑った。


世の中は、本当はこんな何の為にもならないもので溢れている。


立春を前に、家の窓という窓を全て開けて新しい空気を入れ替えいたら、
ふとそれでいいのだと思った。



明後日は立春。

久しぶりの春がやって来る。


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Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 夫の樹さん、黒猫のヤブさんと私Cooこと久弥子、ふたりと1匹、森暮らし。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれ、など。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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