夫婦喧嘩に効く早春の薬効。

02 17, 2016
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如月 月齢8

それは春一番が吹く前のある晴れた暖かな日のこと。

森の中。
朽ち果てる過程にある古木が目印。
いつもの場所。

春の日差しを感じるようになってきた。

いつものように感覚を開く瞑想をしていた。

「今日はダメだ。雑念が飛び込みすぎて、内にばかり向いてしまう。」

私情を自然の中に持ち込むのは失礼だ。
そんな時は無理をしない。

空を仰ぐ。

鳥たちが羽ばたいては伸び、
伸びては羽ばたき、
空に線を引いていった。


そう。それは、ふとやってくる。
どこからやってくるのかは自分でもわからない。

「あ、そろそろ、、、」

その感覚が私はとても好きだ。


去年見つけたその場所へ赴いてみる。

ヤッパリあった。

蕗の薹(フキノトウ)。




ふたつだけ芽が出ていた。

愛でてニヤニヤ。

ひとつだけ戴いた。

香り高く、私の内に春が蘇った。



こんなにも心躍るのに、
次の瞬間、私はとても大きな後悔を覚えた。


「今回こそは、絶対に私から謝りませんからね」

チョットした事で主人と喧嘩になっていた。
私が謝らないとどうなるか試していたのだった。

どうってことはない、
そのまま平行線を辿るどころか、
ここぞとばかりに、自分の部屋でそれぞれの世界に没頭するだけなのはわかっているのだけれど、、、

私たち夫婦は、それぞれのそれを持っている。
主人は音楽と言葉、私は写真と森事。
それがゆえに、良くも悪くも、喧嘩すると独り身だった頃に戻るだけで、かえって制作に集中出来て良かったりしちゃうのだ。


フキノトウを手に歩きながら、

「今回こそは、絶対に私からは、、、むむむーー、、、、」




毎年、初めのフキノトウは天麩羅と決めている。

夜がやってきて、台所に立った。

小さなフキノトウをふたつに切った。
衣は薄く。
サッと揚げる。

揚げたてを頬張った。
全私が春になった。
ゆっくりと味わいながら想った。

毎年フキノトウを摘み食して来たけれど、
今年のフキノトウは例年になく実にホロ苦かった。


食卓に置かれた夕ご飯。
夜が更けた頃、樹さんが帰って来た。
食事を済ませた樹さんがやってきて言った。

「フキノトウ。もう出ているんだね」
「うん、そうなの。」
「どこで摘んだの?」
「家の、、去年見つけた場所」

春だね。春です。

「ごめんなさい」と私。
「こちらこそごめんね」と樹さん。

「今回こそは、絶対に、、、」はまた次回に持ち越しだ。
今日のところは、フキノトウに免じて勘弁してあげよう。


夫婦というものは、時に水に溶け合う絵の具の様にいかないものだ。
意見が合わない事もある。
理解出来ない事もある。

無理矢理合わせさせようとするから歪みが生じることがある。
理解しようとするほどに、理解されたいと求めてしまうことがある。

けれど、本当に必要な事はそんなことではない。
お互いがそのままで在ることを、どう受け入れるかなのだと想うのだ。

夫婦というものは、それでもやっぱり一緒にいることに意味があるのではないかと。

そうしていく中で、相手を変えようとするのではなく、
自分が少しずつ変わることなのではないだろうか。

そう想えたら、大概の事は「そうよね、そうそう。私がまだ青二才なの。」と想えるもの。
私は喧嘩の度に、少し人として成長させて頂いている、そんな気さえする。

どうせするなら、不毛な喧嘩ではなく、そんな喧嘩をしたいものだ。
(注意:勿論、しないにこしたことはないけれど)


大概の喧嘩は、謝るタイミングと言葉を逃して長引く。
それは風邪に似て、早めの処方と適切な手当が必要なのと同じ。


とにもかくにも、
植物のもつ薬効というものは、心に効く効果が何よりも大きい。

ふっと何かをほどいてゆく。

季節の恵は、言うまでもなく、
何にも代えられない特効薬だ。
ということを、ここに証明しておこう。


フキノトウにありがとう。


さぁ、
ようこそ、春。

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森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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