真っすぐな好奇心。

06 22, 2016
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水無月 月齢17

梅雨になり、写真の整理をしている。

その中に、私たちが住んでいる山を南に下りたところの里にある「すそみの森」で、5月半ばに開催された田植えイベントの一日があった。
それらの写真に触れ、書き残しておきたいと思うことがある。

それは、「まっすぐな好奇心」についてのお話。

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その日、私たち夫婦(何故か樹さんも)は「苺屋さんのかき氷」として出店していた。
かき氷がよく似合う、晴れ渡った日だった。

店じまいの頃になると、様々なお楽しみが催されていた。

田んぼ泥んこかけっこレースや、すそみの森に生息する生き物ハンティング(という名がついていたわけではないけれど)など。

バットに集められた水生生物たちの説明に、私は「ほぉ〜、へぇえ〜」。
(素手で必要以上に集められたオタマジャクシたち等に胸を痛めつつ、、、)

一方、樹さんは、、、
「触覚がね!こんなんで!こんなんなってて!!・・・(以下、興奮のためジェスチャーと擬態語のみ)、でね、すーーっんごいの!!」

説明など耳に入っていないご様子。

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イベントも終わりにさしかかると、、、

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どんどん小さくなってゆく背中、、、

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じーーーーっ、、、

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ガサゴソゴソガサ、、、

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スタスタスタ、、、

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イソイソイソ、、、

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「これ、めーーっちゃキレーーーイ!!」

小紫陽花の透き通る青への感動を繰り返す。

「何この青!こんな綺麗な花、見た事ない!すっごい綺麗!!」

子どもの様な真っすぐな言葉だけれど、
そんな高ぶり溢れ出す感情が、私にも新たなる感動をもって、その美しさに触れさせるのだった。

そして樹さんは、またフラっといなくなり、、、

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それぞれの時間が流れている。

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そして再び、、、

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そして、イソイソイソイソ、、、

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すっと差し出された左手を開くと、モミジイチゴの実がコロコロンと小さく踊った。

私が山の苺の中で最も好きな実だ。

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そして右の手には、可愛らしい花が足されていた。

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ハクウンボクだろうか、エゴノキだろうか、それとも、、

言葉に出さずとも、花の雰囲気と記憶をチューニングしている。
各部位の詳細を確かめている。
私の頭の中は、経験と知識という枠組の中をグルグルしていた。

急に、、それが何だか妙に味気なく寂しいことに感じた。
「あぁ、◯◯ね」と自分を納得させるために、その花はそこにあるのではないのに、と。
そこには、ある種の突き放した感があるように感じた。


モミジイチゴのフレッシュな甘酸っぱさが口の中に広がった。

あぁ、今年の夏も美しい。

モミジイチゴの味が、私の中に静まりゆくのと同時に、そんな想いが共に沈殿していった。


・・・・・・・・・・・・・・・・


樹さんは時々花を摘んでくる。
山や森とは限らず、道ばたに「これ綺麗」という子に出会うと家に連れてくる。
そして花瓶に無造作に生け、食卓に飾っている。

枯れると森に返したり、根が出てきたものは庭に植えたり。

そしてまた一輪。また一輪。と。

そういうところは、私よりも女子的だ。

私はいつも、(野の花はそこにあるから美しい)と内心想っていて、摘んでこられた花を少し可哀想に思ってもいた。

けれど、この日、
一本だけ花を摘み、
これ綺麗!綺麗!!と無邪気に花を愛しんでいる姿に、少し考えさせられた。


カメラで彼の行動を追っているうちに、少し見えてきた。
食卓に飾られた花を眺めながら、また少し見えてきた。

こうして慈しむのも悪くはない気がしてきた。


そして、ある日、食卓の花がなくなったなと思っていたら、
枯れ始めたこの日の花たちが、庭先のレモンバームの植木鉢にさしてあるのに気づいた。
その光景はとてもシュールだった。

そしてふと思い出した。

幼い頃、私は卵をコタツの中で暖めていた。
暖めて雛がかえると思っていた。
だが、雛がかえったら嬉しいけれど、かえらなくてもそれほど問題ではなかった。

好奇心。
それはまっすぐな好奇心。
そして後先考えない衝動。

樹さんは「これなぁに?」とすぐ聞いてくる。
のわりに、その名前自体には余り執着がない。

「この実、うがい薬みたいな味がするんだけれど、何?」と。
食べられるのか食べられないのか、それが基本。
だから私の話も、知っていれば どうやって食べるのか、または何に使えるのかに続く。

「へぇーっ!今度それ作って!!作ってー!」

自分で作ろうとはしないのが子どもみたいで面白い。

この人の目には、この世界が面白いものでいっぱいに写っているのかもしれない。
だから、時々フラッといなくなるのだろう。


得てして、知識をつけたいと、人は思う。
けれど人は、知識は増やせても、こうした真っすぐな好奇心は持ち続けられるだろうか。

知識は教えられても、こうした真っすぐな好奇心を持ち続けることを教える事はできない。


樹さんはよく私の事を「考え過ぎ」と言う。
今まで考えないで過ごしてきてしまったものを考えているんだよって言い返したくもなるけれど、その反面、そうなのかもしれないと想ったりもする。


子どものような大人。
とても不思議な人って極希にいる。

そんな樹さんをみていると、私は自分を反省したり、考えさせられることが多々ある。
私は随分と色々なものを着込んできてしまったな、と。

そして、私の方が様々な森の事を教わっていることを実感させられるのだった。

本当に大切な事とは、そういうことなのかもしれないと感じさせられるのだ。

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田植えされた稲たちが夕暮れの風にたなびいていた。
水田を走る波紋のリズムに揺蕩いながら、
「丈夫に育て」と願うのだった。

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そして、樹さんの誕生日だった週末。
この場所に蛍を見にいった。

そこでもまた、樹さんの不思議な天然さに触れる事になるのだが、、、

それは、また別のお話で。


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森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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