森から森へ、御蔭祭。

05 15, 2017
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皐月 月齢18

「この森の奥に、ひっそりと神社がありますよ」

ここに住む事に決めた決定打はこの森との出会いだった。家の裏に広がる森は、明るい杉林ではじまる。職人の手が入っていることが感じられる。小道を挟んで針葉樹と広葉樹の森に分かれていて、その先に小さな神社があった。そして小さな沢と山道に続いている。

普段、人と行き会う事はほぼなく静かな森。私はこの小道を抜けて神社にお参りしてから、この森にフラフラと居させてもらっている。

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引っ越して初めてこの小道で出会ったのは神社の方だった。小さく手を合わせ会釈をされた。だからいつも手水舎の榊や檜の葉が新鮮なのかしら。気持ちの澄む朝をいただいている。


この神社の名は「御蔭神社」という。

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先週のこと。私は同じ左京区に住む素敵な女性と街で会う約束をしていた。家を出ると裏の森の方面がざわついているのがわかった。待ち合わせ時間には少し余裕があった。森の方へ歩き出すと、ご近所さんに会った。

「お祭りしてはりますよ。」
「あぁ、今日でしたっけ。」
「はじめてでしたら、行ってみたらええですわ。葵祭の前の大切なお祭りですさかい。」

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いつもの森に、いつもと違う空気が流れていた。

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手水舎に幕が張られ、タイムスリップしたかの様な光景がそこにはあった。

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フタバアオイの葉をつけてらっしゃる。

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ところどころに葵の模様が見受けられる。

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御蔭山之儀が始まり、雅楽の奏でが森に響き渡る。その後、御神霊はここ御蔭神社から賀茂御祖神社(下鴨神社)へ行を成して向かう。それは日本最古の神幸列とされているそうだ。

「神々の再生」

比叡山西麓にあたるここ御蔭山において御生された御神霊を再びお迎えし、御本宮の和御魂と御一体におなり頂く祭儀である御蔭祭。祇園祭、時代祭と共に京都3大祭りのひとつである賀茂祭(葵祭)の前祭りがこの森で行われると知り、感動が走る。


と、つい夢中になって約束の時間を過ぎてしまうことに気づき、祭事の途中ではあるが森を後にした。


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待ち合わせには大幅遅刻したものの(本当にごめんなさい)、京大の楽友会舘で美味しく蜜に楽しい時を過ごした後、祭りの続きを追う事にした。

賀茂御祖神社(下鴨神社)境内「糺の森」へ。

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糺の森は、ここに在った原生林と同じ植生で守られて来た森なのだそうだ。

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本宮までの道のりが実に美しい。遠くから雅楽の奏でが聞こえ始めると、辺りがざわついた。

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神馬のお通り。神馬の目線は神の目線なのだとか。馬が暴れたりしたらば、祭事中に無礼や至らない事があり神様を怒らせたという意味になるらしい。私は写真を撮りながら行列毎に一礼、を繰り返していた。

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この染めの色が何とも美しく、新緑を背景に良く映え、涼やかに爽やかな風が吹いた。
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そして始まる。

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東遊の舞い。

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幕越しに舞いを御照覧になる神馬。神の目線。(私の位置からは撮影不可能)
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そして切芝神事のフィナーレ。白杖が壮年の氏人から、幼少の童形(男の子)へと手渡される。杖は聖物とされ、進む方向を示すものとされており、杖の授受は御神霊の指導役の交代を意味するという。
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糺の森に包まれて。

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そして本宮の儀へと向かう。

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とそこで、神馬がご乱心になられた。

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何か無礼があったということか。宮司様のお話では、神馬が暴れるのは珍しい事で、ある意味貴重なことだそう。雅楽が下手だったためではないかとおっしゃり、観衆の笑いを誘っていた(残念ながら素人の私でも聞いていて心配になっていたのはここだけの話、、、)。

取り押さえられている神馬をみて、私は複雑な気持ちになった。怪我がなくて良かったとはいえ、この馬がこの儀を終えた後優しく扱われることを祈った。



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本宮の儀は公開されていない。毎日お参りをされているという地元の方から様々なお話を伺いながら、私たちは一緒に扉が開くのを待っていた。


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切柴神事の中で、大役を果たした童形が退出される姿が、なんとも微笑ましい。そして祭りは、3日後の葵祭へと続くのだった。



ふと想う。

今年の御蔭祭りは平日。地元の子どもたちが授業を返上して参列していた。日本最古の神幸列の一部になるというのは、どんな気持ちなのだろう。

この子たちは、それがどれほどの意味がある貴重な経験なのか今はわかっていないかもしれない。けれど彼らが大人になった時、きっと彼らはこの日のことを誇らしく想い、語るだろう。その時に参列している子どもたちに自分の幼少時代を重ねるだろう。そしてそれは、この祭りとこの森を残し守りたいという気持ちの種が撒かれることに繋がるのではないだろうか。

恐らくそれが、この祭りが行われる度に繰り返されて来た美しき情景なのだろう。


京都の人は、地元にとても誇りを持っている。京都という歴史がそうさせているのだろうか。よそ者として眺めている私は色々と思うことはあるけれど、この様に祭りや地元の伝わる行事に、子どもたちも大切な役割を担うことの意義を感じずにはいられない。これは私の生まれ育った田舎にはなかったとノスタルジックな気分になる。

祭りの善し悪しは規模の大小ではない。有名度でもはない。大切なのは、担い受け継ぐ人と人との熱を体内に宿す行為そのものなのかもしれない。
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森を背景に、白杖を渡された子どもたち。

真っすぐなその瞳の先にある彼らの未来よ、健やかであれ。


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そして森は、いつもの静けさを取り戻す。





追伸:

待ち合わせに大幅に遅れたのに祭りに付き合ってくださったNさんに心から感謝。
そして今日5月12日は葵祭でした。が、散歩から帰ってウトウトしている間に祭りに間に合わなくなるという失態、、、肝心なところが抜けている。来年を楽しみにしたいと思う。



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森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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