FC2ブログ

スポンサーサイト

-- --, --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

火を焚く。

01 14, 2019
 IMGP9177.jpg

睦月 月齢8


実は私、火熾しの練習をさぼっている。
随分とさぼってしまい、あれほど毎朝毎晩夢中だったキリモミ式で火をつけられる自信がなくなってしまった。

この連休、ナイフとカメラを持って出掛けた。夏から目を付けていたセイタカアワダチソウを頂きに行った。嬉しくてすぐにでも試したい気持ちを抑えこみ、まずは手でスピンさせた時に当たる部分を丁寧にナイフで軽く削がなくてはいけない。削りすぎない様に慎重に。ついでに弓ぎり式のスピンドルも削ろう。その作業をしようと落ち着く場所に移動した。日暮れも考えると作業は1時間ほどだなと思った。


IMGP9187.jpg


せっかくなので、小さな火を焚いた。

小さな窪みを掘り、風を読み風の入り口を作る。手のひらサイズのティピを組み立て、ポケットからファイヤースターター取り出す。火花は一瞬にして焚き火になった。

こんな小さな焚き火でも実に暖かい。夏に森で瞑想する時に蚊が気になるので時々更にミニチュアの焚き火を焚く事もある。小さな焚き火は無駄がなく全てを灰にするにも、時間の調整をするにも容易い。



IMGP9176.jpg


道具を造るというのは楽しいものだけれども、私はとても不器用なので思う様にいかない事が多い。ふと手をとめ森を仰ぐと、白い月が浮かんでいる。再びナイフを握ると、削りかすが焚き火にチリリと消えてゆく音や香り、煙が、私の心をくすぐる。

「おかえり、私」

思わずそう呟いた。


IMGP9184_2019011419195738a.jpg



私が子どもの頃、家の裏でよく焚き火をしていた。暇さえあれば「何か燃やすものない?」と火を焚き、「今日は特にないわよ」と言われると、枝を集めて焚き火をしていた。
子どもの頃は、火にあたるというよりも、ドングリを投げ込んで爆発させたり、オヤツを焼いて食べて喜んでいた。特に意味もなく、とにかく焚き火をしていた記憶がある。「子どもだけで火遊びして」などと怒られる事もない大らかな時代だった。

そして大人になった今、やはり焚き火が大好きだ。焚き火に燻された服が数日薫るのもたまらない。以前、都会の繁華街ですれ違った人から焚き火の香りがしたことがある。思わず振り返ったが、その人も香りも雑踏に消えていった。思わず追いかけたが、見つけたところでどうするって言うんだ、、、と思いとどまった事がある。

思えば、いつもどこか私の記憶の中に、焚き火は在る気がする。


IMGP9172.jpg

IMGP9173.jpg


(そろそろ、終えますか)

枝をくべるのをやめてからの時間が最も好きだ。灯がスッと消え去る次の瞬間に登る一筋の煙の美しさに心奪われる。奪われても決して惜しくないセンチメンタルが空と交ざってゆく。時々息を細く長く吹きかけては、燻る熾火に宇宙の初まりを感じる。


「立つ鳥跡を濁さず」

焚き火をしたとは誰も気づかないように痕跡を消す。それが焚き火を本当に愛するものの礼儀だと思っている。立ち去り際に何度か振り返っては確認する。「ありがとう、また来るよ」と伝えながら。


吊り橋へ向かうと夕暮れが空をマゼンタ色に染めていた。手には新しい相棒を握りしめている。心まで暖かだった。




今も、焚き火の香りが時々微かにする。

やっぱり私は焚き火が好きだ。






関連記事
-0 Comments
Leave a comment
管理者にだけ表示を許可する
Top
Current Moon
CURRENT MOON
プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

最新記事
リンク
カテゴリ
mail
ご質問・お問い合わせ等はこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。