春の味覚祭りとご報告と。

04 21, 2017
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卯月 月齢24

柔らかなものに囲まれる春。

気づけば初夏の陽気になっていた。「春眠暁を覚えず」といういう台詞を春風のようにアクビと共に棚引かせたい。今春の私はどうかしている。

毎年、この時期は浮かれまくっていたではないか。恐らく、鼻歌混じりに歩く小道も、スキップの「トンッタタン」の「トン」と「タタン」の間の「ッ」ほど常に浮いているのが春というもの。 けれど今年の私はというと、「タタン」の「タ」と「タ」の間の文字的には表現されない程度(実寸ではほんの0コンマ数ミリ)ほどしか浮いていない(浮かれてもいられない)でいるイメージ。

けれど、どんな状況に晒されていようとも、時間に追われていようとも、例え0コンマ数ミリであっても、春というものはフワっとした何かを含んでいる事に有り難さを感じている。

その慌ただしさの最中の今日、裏庭で春を摘んだ。ニワトコの花、ツクシ、山椒の葉、タラの芽。つまり、私の好物たちだ。そして毎年恒例のあれこれを作るのだ。

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ニワトコの花は、シロップに。
葉も枝も独特な香りのニワトコだけれども、花は独特でも甘くどこか爽やかに深い香りで包み込んでくる。このシロップは数ある花のシロップの中でも私が最も愛するもので、欠かす事ができない。この家に移り住んで最も嬉しかったことのひとつが、ニワトコの樹があったことだった。それほどまでに私にとってニワトコは大切な植物である。

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筍ごはんに山椒の葉を。
山椒の葉をパンっ!と掌でたたく。香りたつ。山椒の葉がなくとも筍ごはんは確かに美味しい。けれど、山椒の香りが加わると無敵だ。飛び込んで頭の方へ抜けてゆく。「奥行きがでるね」と夫は言う。確かにその通りだと関心させられる。

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タラノメは天ぷらに。
何の捻りも必要ない。天ぷらが一番。以前沢山タラノメを頂いた時にグラタンの様にしたことがあった。それはそれで好評だったけれど、天ぷらなしには語れない。

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そういえば、塩豚が仕込んである。そしてセリがある。この組み合わせは間違いない。

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せめて。そう、せめて、ね。
こんな時だからこそ、大切にしたいものがある。それが「旬」だ。


お腹いっぱいになった頃、夫の樹さんが言う。「そういえば、、、ツクシ摘んでなかった?」
ツクシは、、、去年もレシピを紹介した肉汁炒めに、、、明日する予定で今日のところは春の味覚祭はお開き。



お腹いっぱいになると毎年「また来年」と「ごちそうさまでした」とに手を合わせる。
だけれど今年は、、「来年も味わえるだろうか」と「ごちそうさまでした」とに手を合わせた。


そう、私たち夫婦は、この森を離れる事になったのだ。


新天地でまた大好きな野草や薬草たちを一から探す事になる。それは楽しみでもあり、不安でもある。ここまで自分の中で大きく欠かせない存在になっている野草薬草たちがいることに気づかされる。

今日これらの野草たちを摘みながら、切なくなった。とても切なく、けれど暖かく。ジンワリジワジワ、泣きそうになった。


「失う事は手に入れる事」


ミュージシャンでもある夫の曲にある言葉がよぎる。そういえば、裏高尾から筑波山に引っ越した時もそうだった。そして今があることを想う。


うん、大丈夫。きっと私はまたあの薬草やこの野草を、ここあそこと見つけては喜び浮かれて過ごしてゆくのだろう。これからも私は、そうして生きてゆくのだろう。



歳を重ねるとは、ないものを嘆くという行為が徐々に減ってゆくことなのかもしれない。目の前にあるものを喜び、有り難く想いゆく。そうして角が少しずつとれてゆくのかもしれない。少なくとも、私はそうなりたいと願っている。


cotoriの森で過ごせる時間も残り僅か。大切に過ごしたいと想う。心に焼き付ける様に。



【追伸】

空と大地の教室「つきのわぐま」に続き、「森のある暮らしcotori」としてブログを続けて参りました。引っ越しにあたり、この1年本当に色々とありましたが、場所や形は変わっても森のある暮らしは続けられることになりました。とても思い切ったことではありますが、これが私たち夫婦らしい決断であったと信じます。

ご報告が遅くなってしまった皆さん、申し訳ございません。突然のことで驚かれたかもしれませんが、新天地の家が決まったのもつい2週間前のことでした。急にバタバタしいるため、メール等のお返事も滞っていてごめんなさい。
詳しくはまた改めて綴らせて下さい。とりあえずご報告までに。



蛙の歌が心地よく響く夜。心はこの森と向こうの森が繋がりはじめています。
それでは、穏やかな夜を。

蕗の薹の透明度と種の可能性を内包するもの。

03 26, 2017
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弥生 月齢27

菜摘み。
蕗の薹。


蕗の薹が開いてゆく様を数日見守っていた。


冬の風に頬がチリリとする季節から、揺れる髪と髪の間に仄かな陽射しが射し込む季節へと移行してゆく曖昧なインターバルに、ふと「あ、、、そろそろかしら」と脳裏によぎる野草。 その感覚は、周辺視野の最も端っこを掠めるカケスの残像に似ている。 そして毎年その感覚に狂いはない。蕗の薹のいる場所へ向かうと、「どうも」と芽吹いている。


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ファインダー越しに、今年も出会う。その透明度に驚かされる。ドキッとさせられる。こんなにも透き通る緑がこの世に在ることへの感動が私を襲う。
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蕗の薹の花に吸い込まれる様に見つめると、星空が広がっている。それらはギャラクシーそのもの。私はキョロキョロする。「ねー!ねーぇー!」と誰かに教えたくなる。だれもいないのだけれど。ヤマガラが通りかかった。何食わぬ顔で飛んでいった。


そんな話は夫にはしないのだけれど、夜の食卓に蕗の薹の天ぷらを添えた。我が家の庭にはいくつか株があるが、今年もひとつだけ摘んだ。こうして残しては、少しまた少しと増えた。なので、今年も半分こ。

小さな蕗の薹を半分。食す。

爽やかな青味の後をほろ苦さが追う。その後を春の喜びが全私を包み込む。


「ようこそ、春。」


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そうして春分がやってきた先週末。コートを置いて出かけた。春が堂々と懐の大きさをここそこに表現していた。春を身体いっぱい感じながら、生まれたばかりの子ヤギたちに会いに行った。

そして春分が訪れる19:29を想定してその少し前。コートを着込んで出かけた。向かう先は決まっていたので、私は夫を待てずに先に家を出て歩き出した。

私が石ころ蹴りをしながら歩いていると、あっという間に樹さんに追い付かれ、「子どもか」と追い抜かされた。反論しようとして止める。だって後数分で春分だとわかっていたから。


向かった先は去年樹さんが人知れずちっさな行動にでた場所。

この森の中で大規模な伐採が行われた土地がある。太陽光発電のソーラーパネル建設における住民運動が起こり事業は頓挫したのだった。当時、「良かったね」と人々は口々に言い合ったものだったが、丸裸になった大地はその後間もなくして話題にも上がる事もなくなり、そのままになっている。

「そのまま」というのは語弊があるかもしれない。それは人間サイドの言葉にすぎない。というのも、丸裸だった土地にも芽吹く植物たちが沢山いて、あっという間にパイオニアプランツたちが杉林に代わって森を作りはじめているのだから。



話は去年の春に戻る。



私は玄関先に残された樹さんの不可思議な行動の痕跡を見つけた。「この人は一体どこで、、、」と謎解きがはじまった。その行動の実行現場は裏庭だと推測していた。樹さんは裏庭に「実験畑」と称したエリアをもっていたから。ところが、彼が企んでいた事は、もっと広大だったことをずっと後になって知った。

彼は、夜な夜な伐採にあった土地に人知れず種を撒いていたのだった。夏がきて、秋がきて、冬になった。けれど芽吹きを確認出来ずにいた。


冬のある日。樹さんが種を手に入れないと、、、と言い出した。この人の中では未だに続いていることを知った。らしいな、と思いつつ、協力するつもりもなく私は「ふーーん」と聞き流していた。



2017年春分の瞬間19:29。
私たち夫婦は、荒れ地に種を撒いて歩いていた。暗闇の中、月明かりを頼りにその広い大地をフラフラ、サラサラと。

「意外とね、すぐに撒き終わっちゃうから少しずつがええよ」経験者のアドバイスを受け、私は気をつけながら歩いた。
二手に分かれようと言い合わせたわけではないけれど、自然と別々の方向へ歩き出し、お互いの姿が闇で見えなくなった。

斜面を登りながら撒き終わった頃に丁度再会した。歩いて来た方向を振り返ると、開けた空に月と星が輝いていた。私は呼吸を整え、小さく笑った。 家までの道のりで何か会話を交わすでもない。家に着くとただ「良い春分だったね」とだけ言い合った。


私たちはその花が咲き出す姿も、芽吹きでさえも確認は出来ないかもしれない。だけれども、私たちにとって実際の結果はさほど大切ではない。ただ、日常の中でふと、想像してニヤリとできるものがあるということほど、平和で幸福なことはないように私は感じている。



こうしてこの森にも春がやってきた。桜の蕾が大分膨らみだし、明日には一輪ぐらい、、、と話していたが、一夜明けたら雨が降り注ぎ蕾は閉じたまま雫を宿らせている。


桜が咲く頃になると、再び雪が降る。「冬に逆戻り」というけれど、どちらかというと冬が完全に去る前の春への挨拶の様に私は感じる。春の花や芽吹きを冬が掠め撫でてゆく。冬は実に律儀だなぁと微笑ましく思う。

そこには、例えば、蕗の薹の透明度や大地に撒かれた種の可能性をも内包している強さと優しさがある。
蕗の薹も芽吹きも、春の代表の様にイメージされやすいが、どちらも冬の大地の溜め息の産物のように、私には想えてならない。


小窓から雨が降り注ぐ森を眺めつつ、言葉を選んでは綴っている。
そんな休日も良いものだ。





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サインの記憶。

03 11, 2017
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弥生 月齢12.6


それは、春先に出会う冬の足跡のようなもの。
それは、肌感覚で思い出させてくれるもの。

時と共に風化し形がなくなりゆけども、確かにそこにそれはあったと感覚が触れるサイン。


葉々の縁や表皮に朝露は細かな氷の結晶を形成せど、その脈には触れず。
小鳥の羽毛に朝露をそのまま固め残せど、その柔さには触れず。


陽がさすまでの僅かな時間。私はそれら全てと共に、自然界の長い瞬きに包容される。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




夢をみていた。どんな夢だったかは、今となっては覚えていない。 あの日、私は前夜から高熱を出して寝込んでいた。ゆえに森にも行けずにいた。

大きく揺れた。

薬草の詰まった瓶たちが音をたてていた。目覚めで何が起こったのかわからなかった。黒猫のヤブさんが私の顔を見たが、揺れが落ち着くと再び眠りについた。それをみて私も何もなかったかのように再び深い眠りに入っていった。


あの日、私の記憶はそこで一時停止している。長い瞬きのように。



あれから6年。6年後のこの日に。


後回しにして溜まりに溜まってしまった友人たちからのメールの返事をひとつひとつ返している週末。ただでさえ返事が滞りがちな私なのに、友人という関係に甘んじて更に返事が遅れている。丁寧に綴るには余りの数で、ただ返信をこなしているだけの自分がいた。



ふと、ジョウビタキが小窓にやってきてホバリングしてくる。「ちょっと待って」と話しても、何度もやってきては誘う。5回目ほどで気づく。「あ、そうか。ごめんごめん。今、よね」上着に手を伸ばし、裏庭の森へ。


声のする方に行ってみると、馴染みのその子は飛んでは止まり、止まっては飛び立ち、を繰り返す。微笑ましく後をついてゆくと、ニワトコの枝に止まり、ジョウビタキらしいシッポの踊りを披露してくる。
ニワトコの花芽が数日前よりも大分大きくなっていた。「あぁ、そろそろシロップ作りの支度を考えないとね。」気づけていなかった自分に驚く。



そのまま、森の奥へ。ジョウビタキは姿を消したけれど、同じ森にいることが肌で感じられた。いつもの場所で心がフラットになったところでふと想う。


明日、私が大好きなこの場所にいられるとは限らない事。
来年、私が大好きなこのニワトコのシロップを作れるとは限らない事。

知らない間に姿を消していたあなたに、いってらっしゃいを伝えなかった事。
丁寧に綴ってくれたメッセージに「取り急ぎ」と用件のみで送ってしまっている事。

今日という日がはじまって、ほんの数時間なのに、これほどまでに私は後悔の種を自分にまいている。


私たちは明日という日が当たり前のようにやってくるとどこかで思っている。特に今日みたいな日には「当たり前ではない」と言いつつ、カレンダーにはずっと先のスケジュールを書き込んだりしている。



私は、今生まれた小さき朝露の結晶や花の香りに立ち止まれる生き方ができているだろうか。 人を想えるのも、全てはそこからのように想えた。


森に残した自分の足跡を見つけて想った。

私の足跡もまた、この森から時と共にいつか風化し形がなくなりゆくだろう。それもそう遠くはない。そのことが急に押し寄せ何とも言えない感情がこみ上げた。



けれども森を歩くうちに、少しずつ、少しずつ。樹々の芽吹きに、動物たちの痕跡に、暖かな陽射しを反射する水面に、森のざわめきに、宿った命を垣間みる。

少しずつ、少しずつ、私の命の鼓動がビートを取り戻してゆく。確かにそれはそこにあったと感覚が触れる「サインの記憶」は、この大地から消える事はないだろうとホンノリと感じ、私は妙な安心感を覚えた。



6年後のこの日、そんなことをボンヤリと森で考えていた。そんなとりとめもないこんなことを、ぐるぐると考えていた。家に向かう途中、今日送った大切なメールをもう一度送り直そう。綴れずにいた手紙を今夜ゆっくり書き始めよう。そう想った。



そんな今日が暮れていった。
ただ、それだけの話。






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海沼武史という現象。

02 25, 2017
如月 月齢28

「森で何してるの?」良く聞かれる質問だった。
「何のために毎日森に通っているの?」そう聞いてくれた人は、この人だけだった。


海沼 武史。


私にとって、一回り歳上のこの人のこと、この人との関係性を説明しようとするほど困難でナンセンスなことはない。ただ、彼との間で起こった出来事を通じて語ることはできる。

写真家であり、音楽プロデューサー。という肩書きを逸脱している男。

裏高尾は駒木野地区に住んでいた数年(8年ほど?)、私は目覚めと同時に森に通っていた。毎日毎日。数時間を森で過ごしていた。そして、当時の私が森の次に足を運んでいたのが、海沼家だった。

家から徒歩20秒ほど。2つ角を曲がると海沼家があった。私が通っていた森と沢のド真ん前にあるその家のリビングは、天上が空のオープンキッチンで日本ぽくない。規定外の大きな窓枠は、端から端まで森を浮かびだしていて、常に森と沢の音が聞こえている。


はじめて武史さんと筑紫さん(奥さん、という言葉が最も似合わない女性(ひと)だけれども、つまりはそういうひと)に出会ったのは、突然この家に押し掛けたことにはじまる。裏高尾の自家焙煎珈琲店「ふじだな」のマスターの紹介だった。きっと面白いこと教えてもらえるよと。

森の帰りに玄関の呼び鈴を鳴らす。

「はじめまして、、、足洗わせてもらってもいいですか?」そう、足の裏土だらけだったのだ。初対面で自宅のお風呂場へ直行で案内するということは私も経験がない。がしかし、海沼家ではそれを自然体で許された。

自己紹介をした覚えもない。私は、この夫婦の作品を以前から知っていた。そして、彼らも森を歩く姿を見かけていた。それだけで十分だったのかもしれない。


以来、私はこの家の呼び鈴を何度押しただろう。ピンポーン「はーい」「くぅ!」ガチャッ。ドアがあく。

その後、ドア向こうに誰が応えるかでこの先が少しだけ異なる。
筑紫さんは私と同じ目線の高さでニカーッ。「よぉー!」
武史さんは私の眼球下1/3が白目になるほどの目線の高さでムッスリ。「よぉ。」

その繰り返し。未だに変わらない。


この家で、私は大笑いし、大泣きし、大喧嘩し、この世の中に存在するありとあらゆる感情を体験した。人の内には、喜怒哀楽の他にも沢山の感情が存在することを知った。

当時私は人を全く信用しておらず、世間知らずで本当に生意気だった。時々生意気が過ぎて、武史さんや筑紫さんを激怒させることもあった。

当時の私の事を、海沼武史は自らのTwitterでこう記している。

「石井久弥子、通称Coo(くう)-。普段は「くう、あのさ...」って感じ、だね。彼女と知り合ってもう5年ぐらいになる。その間、3度ばかり喧嘩をし、その度、近所に住みながらも会わなくなり、絶縁..。やがて、彼女は風を連れ、森の芳香を辺に送りながら、ぴょこんと顔を出す。それで仲直り。」

海沼武史Twitterより)

この歳にして小学生的な関係だったわけだ。それなのに呼び鈴を鳴らすと、何もなかったかのように家に入れてくれ、お茶して笑い合った末に、「あの時はごめんね」って言ったり言わなかったり。
武史さんも武史さんでああいう人だから、離れていった人も多く、「くぅちゃんくらいだよね、あの家に変わらず出入りしてるのって」と何度となく言われた。私はどうやらマゾらしい。



ただ、海沼武史と私とを繋げていたものがいくつかあり、そのひとつが写真だった。私は、海沼武史に出会う前から森で写真を撮っていた。誰に教わることもなく、ただ漠然と撮り続けていた。ある日、いつもの様にフラッと海沼家の呼び鈴を鳴らすと、無言で扉を開けた武史さんが唐突に言った。

「くぅ、写真展やるぞ。」
「は?」
「50枚写真持ってこい。」(結果的に自分で選ぶ力もなく、200枚ほど持っていった気がするが)

こうして、私は海沼武史にプロデュースされて初の個展を開くに至ったのだった。



海沼武史は写真家でもある。世間的に見たら、師弟関係とみられたのだろう。「確実に海沼さんの影響を受けてるね」何人かに言われた。不思議なのが、それらの写真のほぼ全てが、海沼武史や彼の作品に出会う前に撮影したものだというのに。そして、そのコメントは、当時の私を妙に悔しめたのを覚えている。

その悔しさがどこから来ていたか、今ならわかる。模倣していると思われたからとか、そんな稚拙な話ではない。 この人を越える事は不可能だと知っていたからだ(越えるとか越えないとかではないのにね)。


その個展をキッカケに、私は都内でも個展を開くようになっていった。だがそれ以降、私の写真についてノータッチになった。DMが出来上がり一番に渡しに行っても、彼は私の個展には一度も来てくれたことはなかった。「行かなくてもわかるよ」そういわれた事がある。それはプレッシャーでもあり、嬉しい言葉でもあった。

ただ一度だけ、搬入に向かう朝挨拶に行くと「お前、わかってんだろうな。」と言われたことがあった。その後に続いた言葉にドキッとした。

「わかってんのか?並べ方」

数日前から私は家中に写真を貼りまくり、展示作品を選ぶまで至っても、並べる順番、間隔などに家を出るギリギリまで悩んでいた。

「音楽を、奏でるんだ。一音、ポンと。そしたら次に来る音は自然と流れ出す。」

この人は、どうしてわかるんだろう。私がその時に必要としている言葉(イメージ)が。少ない言葉でも私が理解できる言葉選びで。 私の中で全てが決まった。家を出る時に考えていた並びとは全く違う並びになったのは言うまでもない。





海沼武史の写真は、静けさの中に在る「無音」の美しさを感じる。無音とは「音が無い」のではなく、「無い音が在る」のだと気づかされる。
森や風景に限らず、人物においても、ひとりひとりの人間が持つ「無音」の違いを感じさせる。その違いこそが、その人であらんことの証しであり、「だからこそこの人は美しいのだ」と伝えてくる。

彼の写真は、その「無音」から「在音」が流れ奏で出す。眼で音を聞いている自分に気づく。


海沼武史の写真には誇張が全く存在しない。むしろ、被写体を前に一度瞼をそっと閉じ、その被写体のもつトーンを一旦大地に返し(託し、といった方が近いか)、再び瞼を開いた時に残されているものだけが映し出されているかのようだ。


なんて、彼の写真について私が語る事自体、生意気極まりない。そんな生意気もきっと彼なら許してくれるだろうが。


彼は私に対しても、そのファインダー越しの眼差しで接してくる。つまり、言葉や着込んでいるものではないところを見つめている。それ故に、彼との会話で難しい言葉を使う必要もないし、「私」でいてよいのだ。寧ろ、「私」でいなくては一緒にはいられないのだ。何故なら時に恐ろしくなるほど、彼は人を見透かしているのだから。

一回りも歳上で、本来世間的には「師」的な存在なのに、私は海沼武史に対して常にタメ語だ。それは私にとって、最上級の尊敬の念を示している。



ところで、海沼武史は私に写真のテクニックを教えてくれた事は一度たりともない。私は、彼が撮影している姿を実際に森で見た事もない。彼はカメラやレンズに対するこだわりが全くなく、当時は掌サイズのコンパクトカメラをポケットに潜め森を歩いていた。「だって重いじゃん」と。 そして彼には物への「執着」というものが一切ない。私がフィルム現像プリントをはじめたいと話した時も、「これもってけ」と機材を一式持たせてくれた。


彼自身こだわりがないのかもしれないと思っていたのだけれど、そういうことだけではないと最近になって理解するようになった。彼は写真に対しても執着がないのだ。写真を自らが撮っているという感覚ではいないからだろうか。

以前、彼は言った。「シャッターを切った瞬間、手放してるからさ、そんなもん」
その意味が時を越えて、そういうことか、と感じるようになった。


私は一度も海沼武史と並んで森を歩いた事がない。ということは、彼もまた私が森でどうシャッターを刻んでいるのかを知らない。ただ、森で行き違うと「眼」で挨拶を交わす。その一瞬で全て見透かされる。だから恐いんだ。だけど愛があるんだ。だから私はこの男(ひと)が嫌いで大好きなのだ。



海沼武史は、人生において人を信頼することが一度もなかった私が、はじめて信頼した人間である。何かがそうさせたとかではない。ただ、海沼家で共に過ごした時間が揺蕩うように私の根底に今も流れていて、海沼武史もまた、森に通い続けた者だけが知ることのできる「ヒカリ」を知っている者だからなのかもしれない。



「石井久弥子はいわゆる写真家ではないよ」

彼は私のはじめての個展「森語で語らう」の宣伝でそう言い放った。その言葉が、今も私の写真活動を支え続けている。






海沼武史の動画が公開になりました。なーんか随分と雰囲気が柔らかくなって、目尻がたれたな、、、。

小難しくて恐い人というイメージが先行しがちな武史さんだけれど、私の中では、動画最後の最後で踊ってるお茶目なオヤジが彼の基本姿勢だと思っている。

何のために森に通うのか。

先日久々に海沼家に遊びにいったところ、「写真続けてる?」と聞かれ、撮り続けてはいるけれど、個展やネットで作品を公開することに興味がなくなった事を話すと、写真を人に見せる事は、それを見せてくれた自然への恩返しなんだよ、と言われてハッとした。

このブログも大分そこから外れたな、と。
少しずつ、また、ね。と思う。






森のおすそわけギフト。

01 26, 2017
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睦月 新月

1月7日の七草粥の問題にご応募頂き正解されたNさんへ、森のおすそわけギフトセットを贈りました。

正解は、
1、ヨモギが何故かいる
2、セリがクレソンに代わっている

でした。お見事!

575A5923.jpg ←クリック&ご確認を。


実は、年明けの投稿「御屠蘇代わりに、季節を味わう花酒を。」で紹介した梅の花酒を贈るつもりでいましたが、正解された方が出産後の子育て中だったので、代わりに子育ての合間に森を感じ楽しんでもらえそうなものに変更しました。


折角なので、このblogでご紹介したものを中心に集めてみました。

*セイタカアワダチソウのお風呂/脚浴エキス用セット
*ヤマブドウのコンフィチュール
*山椒の塩漬け入り ちりめんじゃこ
*cotoriの森の小さな畑で育てた綿の種
*森の絵はがき(photo by Coo)


蝋紙と愛用のナイフ、小瓶に包装紙、小さな箱とマスキングテープを用意し、「はてさて、これらをどう詰めましょか」と考えるのも楽しかったです。

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草木染めした毛糸でオシャレさせて。

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セイタカアワダチソウの爽やかな香りがホンノリして。


レターセットとペンを取り出し、森のお裾分けについてひとつひとつ綴り、その日の森の事や他愛のないこと、こうして森で繋がれることが嬉しいことを伝えた手紙を添えました。


そうして、山を下りて里へ。「小包お願いします。」
無事に届きますようにと祈りながら、小包が運ばれてゆくのを見送るのでした。



数日後、Nさんからお返事が届きました。ギフトのひとつひとつがNさんの幼少時代の思い出と繋がるそうで、その素敵なストーリーも綴られていました。

はじめての子育ては大変そうだけれど、可愛くて仕方ないのが伝わってくる微笑ましい言葉たち。左腕に赤ちゃんを抱きながら書いてくれているのが伝わる字の踊りもあったり。

そんなNさんの柔らかな暮らしの中に、この森の一部たちを混ぜてもらえたことが、私はとても嬉しいのでした。



Nさんが最近お気に入りのお店のお菓子も贈ってくれました。子育ての合間に気分転換にゆくお店なのだそう。山暮らしでの甘いものは、自分で作るしかないことも。丁寧にお茶をいれ、一口一口の幸せを味わい頂きました。



こちらの暮らしと、そちらの暮らしがクロスする。
森と街が繋がり行き来する。


「森のお裾分けギフト」は、はじめての試みでしたが、私の方が思いがけず素敵なギフトを頂いた想いでいっぱいです。




今回の企画は、こういう森のお届け方があってもいいなと以前から思っていたので、そのお試しでもありました。


時々森からの季節の便りが届く。小さな森と手紙も添えられて。(森へのインパクトも考えると、数極限定で、今回ほど色々詰め合わせセットではないけれど)。そういうことを、私の極親しい人やお世話になっている方々たちだけでなく、このヒッソリとしたblogを読んでくださっている方々にも、いつかお届けできたらいいなと考えています。

ご興味のある方がもしいらっしゃるならば、今後ゆるりと小さな森のお届け先を募れたらと思います。その準備ができたらお知らせさせてください。



先ほどから、ジョウビタキがパソコン横の小窓に何度も来てはホバリングしています。黒猫のヤブさんは陽だまりでお昼寝中。
どうやら呼ばれている様なので、ちょっと森に出かけましょうか。


皆様も、どうぞ穏やかな一日を。

「狐と葡萄」のホットミルク。

01 20, 2017
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睦月 月齢22

ヤマブドウ。
それは、私にとって幼い頃覚えた味と物語に繋がる。


実家の近くでヤマブドウが採れたわけではない。
私にとって、ヤマブドウは街の味なのだ。


年に何度もないけれど、母と一緒に街に買い物に出かけると、帰りに喫茶店に連れて行ってくれることがあった。
カウンター席しか記憶にないが、とても小さいお店だったことは確かだ。

大通りからは外れた、何度行っても覚えられないその路地に、その店はあった。
長細い店内、暗い部屋に映える窓からの僅かな射光、奥から聞こえる掠れた音楽、そして珈琲の香りと湯気の湿り気。
カウンターの椅子が高く、私は母にひょいっと持ち上げてもらって席につく。

色とりどりで形も様々な珈琲カップが、店主の背景に隙間なく並べられている。
その店を訪れるお客さんの数だけ専用のカップがあるのではないかと幼心に思っていた。
実際、母は言わなくとも、いつも同じお気に入りのカップにサーヴされていたからだ。


カウンターの上にもカップやグラスなどが置かれていて、私からは店主の顔は見えず、グラスの間から時折見える手を眼で追っていたので、何か聞かれても私はキチンと答えられていたとは思えない。
珈琲を入れるサイフォンが秘密道具のように映り、その店に行くと眼に入るもの全てが魔法に見えて、言葉を失うのだ。


店主の女性は、当時の母と同じくらいの歳だったと想像する。
私たちが行くといつも、声を大きく弾ませて店の奥へといざなってくれた。
顔は全く覚えていないのに、店主の笑顔のイメージだけは感覚として今も残っている。


母は、誰も知らない田舎の地に嫁ぎ、友だちもほとんどいなかった(作らなかった、という方が正しいか)。
だが、この店の店主とどう知り合い、仲良くなったのかは謎だけれど、幼なじみなのかと思うほど話に花を咲かせていた。


話をしながら、店主は注文もしていないのにカップとグラスを手元に呼ぶ。
母には珈琲、私にはヤマブドウのジュースと決まっているのだ。



グラスいっぱい満たされたクラッシュドアイスが、ヤマブドウの鮮やかな紅紫色が徐々に染まってゆく。
そのグラデーションが落ち着き、並々と注がれたそこにストローが身を浸ける。

そっと差し出される白いコースターと魅惑色したヤマブドウジュース。
クビをキリンのように伸ばしてストローと出会う。




ヤマブドウよ、ようこそ、私へ。




私はこのヤマブドウのジュースが大好きだった。
本当に大好きだった。

葡萄ジュースみたいにしつこく甘くなくて、酸っぱい。そして爽やかな甘味が残る。
ゴクリとすると、アゴと耳たぶの付け根境あたりがキュンと喜ぶ。

未だに忘れられないご褒美の味。



この店に行く時、母は「アスカ」と呼んでいたが、店の名前だったのか、店主の女性の名前だったのかはわからない。
店の情報は何一つ知らないまま。今でもあるのかすらもわからないし、母にも尋ねない。

森の味を街で。

それは、中々良いものだった。


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ヤマブドウのコンフィチュールを。
冷凍したものでも作りやすい。
鍋に残るこの色がたまらない。だからホーローの白鍋で作ると決めている。

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幼い頃覚えた物語がある。
イソップ童話の「狐と葡萄」だ。

あの中で、狐が一生懸命ジャンプしてもどうしても届かない葡萄は、ヤマブドウのことだと私は思っていた。
「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と狐は捨て台詞を吐いて去る。

ヤマブドウは葡萄に比べて実も小さいしシワシワになりやすく、酸味が強い。
葡萄を食べられなかった狐の負け惜しみだったのかもしれないけれど、酸っぱい葡萄=ヤマブドウだって美味しいのにな。と思っていた。
そして、「食べてみないとわからない」という教訓だと解釈していた。


いずれにしても、狐くん、「届かぬものは残すためのもの」ってこと。
私はそう思うよ。


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鍋に残ったヤマブドウのシロップ状になった液がもったいない。
ミルクを注いで、ホットヤマブドウミルクにする。
これは、ちょっととっておき。

酸味を残したいから、ジャムではなくて軽いコンフィチュールに。
コンフィチュールはヨーグルトやクリームチーズと一緒にクラッカーに添えても美味しい。


大人になった今、そんな楽しみも覚えましたよ、アスカさん。


狐が雪の中をジャンプしている姿をイメージしながら、遠い記憶が暖かい。
そんな一息をいれられる午後が嬉しい。


大寒。
心暖かくお過ごし下さい。



アルデバランと月が重なるところで。

01 09, 2017
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睦月 月齢11


嵐が吹き荒れた一夜。


樹々が倒れはしまいか。
あの小さな鳥の巣は落ちはしまいか。

黒猫のヤブを腕に、大丈夫だよ、きっと大丈夫。と布団に潜り込む。

森の唄は一晩中響き渡っていた。



眠り方を忘れたかのように迎えた朝。
嵐が通り過ぎてゆくのを見守っていた。



(どうせ眠れないのなら、嵐の森で一夜を過ごせれば良かったのに)



静まり返った空を確認すると、少し安心したのか眠りについた。


夢をみた。


森の夢だった。




目が覚め森に出かけた。

気づくと日が暮れはじめていた。


蝋梅の香りが辺りに漂いはじめた。

空の色が濃くなるほどに、その香りも濃度を増していった。


むせび泣きを誘うほどに、美しい香りだった。


闇が森を包んでいった。

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ほのかな光りが灯る。
野生動物が動き出す。

その温度に確かな安堵感を覚える。


私という命もまた、ここに生きているということを、
痛いほどに知らされるからだろうか。


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雲間から見え隠れする月に問うてみる。

(私から森をとったら、一体何が残る?)


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今宵、この夜空に繰り広げられる天体ショー、アルデバラン食。


アルデバランと月が重なるところで、

天体たちはどんな言葉を交わすだろうか。


その微かな音に耳を傾け、ウツラウツラする夜が今夜もやってきそうだ。



P.S.

そちらの森はいかがですか。
あなたが書いた「くぅちゃんへ」という文字を指でなぞっては、ほんのり想い、
あなたと、あなたの大切なものたちに会いたいなぁと、ぼんやり想っています。



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プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 夫の樹さん、黒猫のヤブさんと私Cooこと久弥子、ふたりと1匹、森暮らし。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれ、など。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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