赤紫蘇畑とシロップ作りと。

08 01, 2017
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葉月 月齢9

6月の末頃から、山に囲まれた平らな里に、赤紫蘇の絨毯が広がる。大原の緑豊かな景色に、赤紫蘇の深い色が際立ち目を引く。大原の特産でもある赤紫蘇。美しい光景である。

それは、7月のはじめのこと。

朝市に寄る前に少し散歩をしていた。いつもの如く、私は写真を撮り始めるとあまり動かず地面に突っ伏している。いつもの如く、夫は景色の向こうに豆粒ほどの大きさで景色に溶け込んでいる。

いつもの休日だった。

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ふら〜、っとあっちにいって、ふら〜っと戻ってくる。何を求めるでもなく。何をするでもなく。その深い意味のない行動をカメラ越しに追うのが私の趣味でもある。

が、この日は戻ってくる姿に、いつもにない何かがあるのに気づく。
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まるで、この景色を相手に指揮しているかのようだ。

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ご機嫌である。

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ご機嫌なのは私も同じ。というのも、里の駅の市では、つきたてのお餅が出来上がる時間が近づいていたのだ。イソイソと市に向かう。お餅を頬張り、野菜を選びにゆく。大原の農家「音吹畑」さんの野菜が売り切れていないことに一安心。レジに並ぶとその横で、枝付きの赤紫蘇がボワッと大きな束で売られている。

「折角だから、久しぶりに作りましょうかね」

新聞紙にくるんだ赤紫蘇の株は、まるで大きな花束の様で、何だか妙に心ウキウキ。(あら、私も女性らしいじゃないのん)と思うのだけれど、食と直結しているゆえのウキウキが8割り強であることは言うまでもない。


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というわけで、赤紫蘇シロップを。この色にキュンとする。(あら、私も女性らしいじゃないのん)と思うけれど、、、以下同文。

赤紫蘇作りで面白いのは、煮出していくと濁った茶色の液になるのだが、そこに酸(クエン酸を使うらしいが、私はレモン汁)を加える途端に、ふわーーっとこの鮮やかな赤ピンク色になるところだ。その瞬間は、まるで魔法使いにでもなったかのようで、ニシシとなる。

赤紫蘇の栄養は実に沢山あるけれど、効能として抗酸化作用に優れていて、疲労回復だけでなく、夏風邪予防やシミ予防にまでなると言われている。食欲増進、整腸作用もあり、つまり、真夏のドリンクとしてもってこいなわけだ。

シロップの濃度を濃いめにつくると、発酵することなく保存が長く効く。多く作った場合、冷凍してしまえば良い。

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気泡の入ったグラスに氷を入れ、シロップを注ぐと、夢心地になる。
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といいつつ、実は今回失敗したのである。目分量を良い事に、保存が効いた方がいいから、、と砂糖を入れ過ぎたのだ。
水やソーダで割っても甘すぎたとしても、ガッカリせずに。レモン汁などを入れると爽やかに美味しく頂ける。

我が家は、義母にもらった柚子酢(酢といっても、酢は入っておらず、柚子の原液)が救世主となった。レモンよりも更にサッパリ。実に美味しい。柚子酢を注いだ時の赤とクリーム色の2層がまた美しい。


にしても、毎日暑い日が続きます。ヤブさんは何かにつけて、私の視界の先の方でデローーーン。毛皮だものね。お気の毒に、、、と思ってピントを移すと、、、
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何なの、そのポーズは。
ヤブさんは赤紫蘇ジュースなしでも、京都の暑さも平気そうです。

そうこうしていたら、あと2杯分のシロップを残すのみに。先週末、通りすがりに未だ赤紫蘇畑健在を見かけたので、あと一回はシロップ作ろうと思っている。


蝉とヒグラシの大合唱が心に響く。そんな京都の夏の夕に。
皆様、暑中お見舞い申し上げます。






梅肉エキスを携えて。

07 12, 2017
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文月 月齢18

「今年は梅肉エキスを作ろうと思っているの。」

と宣言していたのにすっかり忘れていた。私は梅雨が好きだ。なのに、毎年体調を壊す。今年は意外にも元気だったので油断をしていたら、どうやら胃腸の調子がよろしくない。そういえば梅肉エキス作るつもりだったっけ、と思い出す。と、その頃には既に梅の実のシーズンが終わろうとしているではないか。そういえばあそこに梅の木が、と出かける。2、3粒しか残っていない。を、繰り返す。仕方ありますまい、と諦めた。


その次の日、森から遠回りして帰っていると、大きな青い梅がか細い枝を撓らせているではないか。嬉しくて心の中の私がはしゃぐ。足元に大きなキリの葉が一枚落ちている。その用意されたかのような偶然にまたはしゃぐ。ひとつ、またひとつと包んでゆく。なんて立派な梅だろう。

吊り橋を渡り、家に着く。瓶を探そうと夫作の蔓カゴにとりあえず入れた。妙にシックリきたので、その日は眺めるだけにした。

明くる日、梅肉エキス作りにとりかかる。梅肉を摩りおろす。茶巾で絞って液をとる。煮詰める。ただそれだけ。誰にでも作れる簡単な工程である。けれどもとにかく時間と労力がかかる。市販の梅肉エキスが少量でアホみたいに高価なわけに納得する。


鍋に入った梅の汁を混ぜながら煮詰める。煮詰める。煮詰める、、、を繰り返す。途中で不安になってくる。「液体が全て蒸発して何ものこらないのでは、、、」と疑いたくなる。「いやいや、きっと大丈夫、、、」と信じて煮詰める、を続けて小1時間ほど。徐々に色が緑から茶色、そして焦げ茶に変わり、飴状になってきてはじめて、全てが報われた想いでホッとする。



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1.5キロ程はあったであろう梅が、これっぽっちになった。梅肉エキスは一日に小指の爪ほども舐めれば十分。これでも暫くの間はお世話になれる。早速我が家にある一番小さなスプーンで掬って舐めてみる。

思わず顔中のパーツが一点に大集合する(かのイメージ)。体中を梅のエキスが走り抜けてゆく。この酸っぱさは梅干しの類を越えている。「効くーーっ!」と一声。美味しい。胃の辺りが暖かくなる。後味がなんとも爽やかに優しい。

私はかつて市販の梅肉エキスは味が好きになれなかったが、薬と思って舐めていた。だもんで続かなかった。梅肉エキスはキチンと保存されれば何年ももつらしい。5年くらいからまろやかになるという。とはいえ、この量では来年までに使い切ってしまうだろう。


梅肉エキスは昔から家庭の万能薬とされている。胃腸だけでなく、疲労回復、解毒作用、鎮痛作用、血行促進から風邪や喉の痛み、肌あれなどにも良いとされ、極少量を水で薄めて湿布すると湿疹や水虫にも効くという。インフルエンザ予防にも良いという話もある。つまり、年間通してかかりやすい諸症状ということ。民間療法なので治療というよりも予防として用いるのが良いかもしれない。


梅肉エキスを思い出しては舐め舐め。今年の梅雨は体調を大きく崩す事なく過ごせそうだ。



そうこうしていた先週末、「あれ?これは梅雨明け??」と感じた。私の中で梅雨明けのサイン(空気の変化というか何というか)があって、それが現れたのだ。「まさか、ちょっと早いでしょうに」と思うのだけれど、さてさて、いかがなものか。

夕べ、夫が入道雲になりかけの雲に出会ったと嬉しそうに話していた。夫が入道雲を追いかけて旅に出かける季節が始まるのも近い。

「京都の夏はまだまだこれから。本当に気をつけた方がいいよ」と話す人話す人口々に脅される今日この頃。いずれにしても、夏バテ防止の梅肉エキスがあるのだから、少し心強い。とはいえ、私にとって未体験の京都の夏に、ちょびっとビクビク、そしてワクワクしている。


さぁ、梅肉エキスを携えて、夏よ、ようこそ。







祇園さんと七夕の笹と、餅は餅屋のお話と。

07 11, 2017
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文月 月齢17

今にも降り出しそうな空を仰ぎ、私は寺町通商店街のアーケードへ足早に入った。祇園祭が初まり、京都市内はコンチキチンとお囃子が流れている。斯く言う私も長刀鉾の稚児舞いを一目見ようと、街での用事を済ませ四条烏丸に向かっていたのだった。

行き交う人々が手に何やら緑色して揺れるものを持っている。


笹だ。「あぁ、七夕は明後日か」と気づくのに少し時間がかかった。というのも、歳上の男性ばかりが笹を手にしていたせいかもしれない。そのシチュエーションは、笹=七夕、つまり色鮮やかな短冊をイメージしにくかった。


「七夕さんにどうぞ」

商店街で配られていた笹を有り難く頂いた。嬉しくなって歩くスピードが緩んだ。稚児舞いを撮影するには少々邪魔になるかしらとふと思ったけれど、笹の香りが爽やかで、そんなことはどうでも良くなった。


稚児舞いが始まると同時に雨が降り出した。雨の中、お稚児さんが舞う姿を観客の後ろの方で見守るお稚児さん役の男の子のお母さんの姿があった。今にも涙がこぼれそうな表情で真っすぐに舞いを見つめていた。その美しい姿にはとても心惹かれるものがあった。

こうして毎年受け継がれて来た歴史ある祭り事に、こんな日常の片隅で触れられるとは。京都の暮らしは面白い。そして贅沢だ。



帰り際、出町柳駅から川端通を背に徒歩1分ほど奥にある玉子屋さんに立ち寄った。おじいちゃんとおばあちゃんふたりで営んでいるこの店の玉子は、本当に美味しい。黄身の色が濃いものと、私の好きなレモン色の玉子と置いている。5個で80円。個人商店なのにこの安さ。心配になる。だから私は多めに買う。とは言っても二人暮らしだから10個。160円。終わったらまたすぐに来ようと心に誓う。

おじいちゃんとおばあちゃんがこの店をはじめたのは、昭和25年。「こんな小っさな店やけど、もう68年。あんた生まれてないどころの話ちゃうやろ。」と笑う。

他愛ない話を交わしていると、私が笹を手にしているのに気づく。「そーんな繊細な笹、見た事ないわ。どこで取ってきよったん?」と聞かれる。「いやいや、配ってたんですよ、寺町で」と答えると、ふたりは笹をサワサワ「ディケアのとこで短冊書いたけど、もっと大っきくてな、、なんちゅーか、、」「繊細じゃない?」と私が言うと、ふたりして口々に「そうそう」と大きく頷く。

「なんて種類の笹やろか」と聞かれて「はてー、なんでしょねぇ」と一緒に考え込む。笹か、、全然知らないなぁ。宿題もらった気持ちで嬉しくなった。「また来るね」と言うと、「ほんまに?おおきに。ほな、それまで生きてななぁ」と笑う。


私が京都に越して来て一番変わったのは、意外にも、森以外に街にも好んで出かける様になったことである。そして特に買い物の仕方に変化が現れている。

週1回ほどはスーパーにも行くけれど、野菜買うならあの市場のあの農家さん。果物買うならあの八百屋、漬け物買うならあの漬け物屋、厚揚げはあの豆腐屋、大福はあの和菓子屋。便箋はあの和紙屋かあの本屋、封筒はあの封筒屋。古本みるならあの本屋、タワシはあのタワシ屋で、、、と「餅は餅屋」になりつつある。それは頑張ってそうしているのではなく、自然とそうなった。何故なら安いから、そして確実に良い事がわかっているから。迷わなくて良いとはこんなにも楽か、と思う。交通費が数百円かかっても、京都の街は意外と小さいから、徒歩範囲で大概揃う。


「自給自足」やその延長線上の「丁寧な暮らし」も良いけれど、この「餅は餅屋」がずっと続いている京都の街の在り方も、真面目に丁寧な仕事をしている人からお金と引き換えに手に入れられることも、私は同じくらい尊いよね、と思う。

どちらにしても、その人にとって尊いと感じるものをひとつ、またひとつと増やしてゆける暮らしはちょっと贅沢だなと思う。
 
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家に帰り、玉子を取り出すと、産毛がついていた。そんな些細なことが何だか妙に嬉しい。

笹は、黒猫のヤブさんがシャリシャリ食べては毛玉を吐くのにも大活躍してくれた。肝心な七夕の短冊に願い事を吊るすのをすっかり忘れてしまったけれど、、、部屋の空気を少し軽やかにしてくれた、そんな気がした。


「京都の夏らしい暑さってこれかしら」と、市内に住む友人とメッセージを交わした今日。

カラカラになった笹の枝が気になり、「・・・確か川沿いのあそこに笹や竹林があったな」と。川で涼みついでに、笹を大地に返してこよう。

図鑑でも持って。

一輪挿しに生けるもの。

06 29, 2017
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水無月 月齢5日

大原の三千院をフラッと訪れたのはツツジが艶やかに咲き誇る時期だった。まるでツツジを絵画の様に鑑賞するかの如く開け放たれた小窓越しに花を眺めては、暮らしの中における庭木の愛で方に触れた気がして、どこか懐かしく感じた。

三千院の庭が素晴らしい事は言うまでもないが、私の心のずっと深いところに触れたのは、お手洗いに向かう薄暗い通路の隅に気取らず生けられていた花と、お香の煙が宙で消えゆくライン、そして その静かな香りだった。

暫し立ち止まり眺めていた。するとふと、ある一輪挿しのことを思い出した。



「食卓にそっと野の花を生けられる様にね。」

母がそう言って、一輪挿しを贈ってくれたのは、私たち夫婦が京都へ引っ越す直前の挨拶と父の墓参りのために実家を訪れた時の事だった。京都で学生時代を過ごした母は、京都行きを喜んでくれているようだった。

箱を開けると、銀製の一輪挿しが姿を現した。「重いから花が倒れなくて良いね」と母には言い受け取ったが、こんなお淑やかな花器は私の好みではないのに、、、野の花ならば尚更、もっと土臭い器や無骨な質感のガラスにザックリとさ、、、と内心想っていた。

そもそも野の花に関して私は「野の花は野にあるからこそ美しい」と日頃思っているので、野の花を飾る目的で摘むことはほぼない。摘むからには食すか薬にするなど何かに利用する目的があっての行為としている。庭や野の花を飾るのは、大切な誰かを家にもてなす時だけに限定される。

そんなこんなで、銀の一輪挿しは使われることなく引越し荷物の中でずっと身を潜めていた。



思えば物心ついた頃から、母とは考えや物の好みが合わないと感じていた。母は私たち姉妹に少しくすんだパステル調やらシックな色の服ばかり選んで着せた。筆箱も流行のプラスチックの物は絶対に買ってくれず、ランドセルとお揃いの皮製の赤い筆箱を用意し、靴もキャラクターのついた物はもってのほかで、渋い赤色に真白な紐で結ぶ靴しか買ってくれなかった。

「子どもには、もっとハッキリとした色を身につけさせるものですよ。そんな大人びた色はウンヌンカンヌン、、」と叔母に小言を言われても、母は耳をかす様子すらなかった。

今思うと、母も父も私たち姉妹には質が良く、大切に使えば長く使えて味が出てくる物を選び与えてくれていたのだとわかる。特別裕福だったわけではなく、すぐ壊れる安物は何度も買い替えることになるから結局高くつくという考えもあったのだろう。だが、幼い頃は皆と同じが良くて羨ましくもあった。

けれど、そんなこと言おうものなら、「あんな物がいいの?趣味がよろしくない。皆と同じである必要がある?」とピシャっと言われて終わり。そんな母だった。


当時筆箱業界に旋風が起こっていた。そんな中、千円ほどで買える多機能筆箱を就学しはじめの子どもが喜び使うよりも、自分のこだわりで何倍ものお金をかけて何の変哲もない革製のものを選ぶ母だった。姉は子どもの頃から妙に大人びていて、母の好みと合致していた様に思う。けれど私にとっては、どうみても友だちの筆箱は何かと飛び出したりして愉快で便利そうに見える。ゾウが乗っても壊れないとテレビで言っているくらいだから、きっと物凄く丈夫だろうに、、、と思っていた。(今思えば、牛皮にチャックがついただけの筆箱だって、ゾウに踏まれても壊れはしないのだけれど)

母の嗜好はハッキリしている上に、人に対する独特の観念がある人で、とても難しい人だった。母にしてみれば私の考えや行動が理解できないのだろうけれど、それは母の偏った考えに傾倒していないだけだと私は思っていた。


ただ、この歳になって気づかされることがある。相変わらず母とは価値観や思考は相容れないものが多々あるけれど、いつからか私も少しくすんだ色の物を好み、大切な道具などは買ってから他に目移りしないだろう物や、シンプルゆえに使うほどに味がでる余韻を持たせた物を探し吟味する傾向にあるのだ。

友人の出産祝いの品を選んでいても、母が当時私たち姉妹に選んでいただろうテイストの物を、こっちの方が可愛いのにな、と感じている自分がいる。今だったらキャラクターや多機能筆箱よりも、皮の筆箱の可愛らしさの方が断然良いと思ってしまう。ハッとし、いつの間に、、、と苦笑する。



母は、華道や茶道を若い頃から心得ていた。私にも幼稚園の頃から茶道を習わせたほど、自分の中に何か通じるものが息づいているのを感じていたのだろう。母は田舎に嫁ぎ家業を手伝うようになってからは、山の見回りのついでに良く花を摘んで来ては床の間などに生けていた。季節毎に掛け軸や絵画を替え、山の花を合わせ日常を楽しんでいた。そしてそれはとてもザックリと大胆な生け方だったと、私は今でも雰囲気として覚えている。そしてその雰囲気を造作なく作り出す母は、理屈ぬきに一人の女性として素敵だったことは認めざるを得ない。


そしてふと気づく。


銀製の花器は私の好みではないけれど、上手く使いこなせないから嫌厭している自分がいる。「母ならどう生けるのだろう、、」そう思うと、このスラリとしたフォルムの花器に、粋に生けられた野の花が実家の片隅でさり気なく在るのが思い描かれ、どこかノスタルジックな空気が耳の後ろ辺りから沈殿する様に広がっていった。


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先月、大原の朝市で紫陽花に目がとまった。何故かとても気になり、帰り際に一束買った。「花ごと水にドボンとくぐらせてから、水切りすると元気がなくなってもピンとします」と教えてもらった。そのおかげで、撓りはじめてはピンとし、を繰り返し、驚くほど長く楽しませてもらった。

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土の質感の荒い片口にバッと生けた。私には花の心得なんてないけれど、母の大胆さだけは引き継いでいる気がしたが、私はまだ妙にまとめようとして、器に生けるだけで空間に生けれていないことを痛感したのだった。


暫くしたある朝、母がくれた一輪挿しにシオギクの葉がポツリとさしてある事に気づいた。夫の仕業だ。先日徳島の義母と3人で岬を散歩した時に摘んでポケットに潜めていたものだった。何だかシュールな出で立ちで食卓にチョコンと居る。「難しく考えなくて良いのかもね。」と思わず笑った。

シオギクの葉を眺めていると、植物を生けることに対して身構えてしまうことは、とても勿体ない事の様に感じた。そもそも一輪挿しは暮らしの中に、構えることなく植物を添えるもの。野の花であっても、花屋に並ぶ花であっても。もっといえば、植物を生けるようで、植物との出会いや、手にした時の想いを生けている様なものなのかもしれない。母が言った「そっと野の花を生けられるようにね」の「そっと」の意味を感じ、何故一輪挿しだったのかを漸く理解した。


そんな風に少し力が抜けたところで、漸く梅雨らしい空模様になってきた。


夏至も過ぎ、今は三千院でも紫陽花が咲き満ちていることだろう。
雨がパラリときたと思ったら止み、ボワッと暑くなった今日。今夜は蛍が後り僅かと飛び交いそうだ。

とその前に、散歩がてら野の花に会いに行こう、そう想っている。



オニグルミとの日々。

06 20, 2017
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水無月 月齢25

大原を源流とする高野川の水は、京都市内出町柳で鴨川と合流する。その水は比叡山脇を通過し流れ、私たちの森暮らしの中でも大切な役割を果たしている。

私たちがこの地に越して来たのは春。陽射しが強くなりはじめの頃から、私はこの川沿いの道を歩くことを、日常の楽しみのひとつとしている。

オニグルミの樹々を見つけた時は嬉しくて小躍りした。そしてホッとした。クルミで作るあれやこれが頭に浮かぶ。クルミの季節が待ち遠しくて、クルミの花が咲く頃からずっと、私はクルミを観察し続けている。

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雄花序がぶら下がる頃になり、ふと気づく。4本のオニグルミの樹の中に雄花序があるものとないものがいる。

はてさて、、、

クルミは雌雄同株で、結実するのに雄花と雌花が必要だと思っていた。思い込んでいた。これは成長を見比べてゆく楽しみができたと、私は足しげく通っている。

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クルミの雌花序の先にあるベルベットな赤が好きだ。

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ひとつひとつみると地球外生物のようで。私にはわからない言葉を交わしているようで。

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なんだか、とても好きなのだ。

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そして、1ヶ月もすると、プックラと膨らんでくる。その頃になると、可愛い赤は退色し、代わりに桃色の産毛が実全体を覆う様になる。その柔らかな産毛が陽射しに照らされる姿が何とも幼さに色っぽさが足され、実に愛らしい。

この時点で、雄花序があった株となかった株の成長は顕著になっていった。雄花序がなかった株の実は成長はしているけれど、どれも小さい。それでも少しずつ大きくなっていった。

そして、クルミといったらノッチーノ(クルミの種子が形成される前に摘んで作られるスパイスの効いたクルミ酒)作りを意識し始める梅雨入りの頃。その成長の差は更に大きくなってきたのだった。

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↑雄花序がついた樹の果実
↓雄花序がつかなかった樹の果実


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雄花序のつかなかった樹の果実は、梅雨入り前くらいから落果しはじめていた。ちょうど梅がなる頃で、道ばたに転がる青いクルミの果実を「梅?」と夫は言った。

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踏まれて割れたのだろうか。その裂け目からタンニンが酸化して黒いインクのような色になっていた。これだもの、クルミのインクは簡単に作れるわけだ。久しぶりに作ろうかなと、私は脳裏に美しい艶黒のインクで白い便箋に言葉を描きはじめていた。

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ふたつ並ぶと成長の違いを改めて感じる。大きいから良いとか、成長が遅いから良くないとか、そんな観念は私の中にはない。
それは、生まれてからここまでの双方の歩みを見守って来たからだろう。

小さくも成長した実たちはインクや草木染めや薬作りに頂こう。大きい果実たちは少しだけ頂き、リスやイノシシたちに残そう。
それぞれを大切に頂こうと思う。


さて、ノッチーノ作りは6月24日と決まっている。セントジョバンニの祝日の深夜に果実を摘むのが習わしだ。今年の6月24日はちょうど新月に当たる。ちょっと特別なお酒になりそうだ。

月もいない夜に、青く真ん丸なオニグルミを摘む。あの独特な香りと、手に吸い付く感覚がより一層五感を刺激してきそうで、想像しただけで心が微笑む。

とその前に、摘みすぎない様に、必要分に適したサイズの瓶を取り出し、お酒を手に入れるとしましょうか。

蛍もまだ少し飛ぶことだろう。春から待ちわびたその時がやってくることを、私は今、心から楽しみに指折り数え日々を過ごしている。



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梅雨入りの波紋。

06 08, 2017
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水無月 月齢13


梅雨入り。


私の好きな季節、梅雨。この一ヶ月ほどの期間、毎年私の体調は優れなくなる。けれど大好きな季節、梅雨。

なぜだろか。

けだるい身体で眺める雨が好きだったりする。梅雨らしい雨が降る一日は、心がすーーっとする。

なぜだろか。




森を抜ける風がアヤメを揺らすよりも頻度を上げて、枝先に集まった雨粒が重力に誘われ放たれると、水面に映るアヤメを揺らす季節。

いつまでも眺めていられる光景が、この世界にはあるのです。


今年の梅雨入りを前に、私は大きな岐路に立っていた。それはこれからの自分の生き方を左右するものだった。
梅雨入りと同時に、ここ数ヶ月モヤモヤしていたものから身を引いた。
梅雨入りと同時に、心は晴れ渡った。一旦白紙にしたら、心弾む新しい考えが次々と降ってきた。

今私は、手放した空白に新しく入って来るものが何なのか、とても楽しみにしている。
本当に困り果てた末に親身に力になってくださった方々(夫も含む)に心から感謝している。この気持ちを忘れることのないように、次へ進みたいと思う。



波紋が静まる頃、私は水面下で動き出す。強い意志と共に。



ようこそ、梅雨。





ヤマボウシの花と鹿のお尻と。

05 30, 2017
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皐月 月齢4


あまりにも白く愛らしいものだから、
私は夢中になっていたんだ。


キミが手の届きそうなところまで近づいていたことにも気づかないほど、
私は夢中になっていたんだ。


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私が驚いたものだから、キミも驚いて。


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あまりにも白くて愛らしいものだから、
私は夢中になってしまった。


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キミは、身体は山を向き、顔だけ残してこちらを見つめている。

私はカメラから顔を離す。


いつから私を見ていたんだい? 驚かせてごめんよ。でも、人に慣れてはいけないよ。山の奥にお帰り。

(本当はキミのその眉間や頬を撫で、首に抱きついてみたいのに。そしてキミの香りを感じたいのに。私は強がりを言う。キミが可哀想なことにならないように。)


随分と見つあっていた。時が止まっていたのかもしれない。

カケスが、ジャーと鳴いた。
ゆっくりと一歩、一歩と、キミが山の奥へ帰って行く姿を見送った。


・・・・・・・・・・・・・・・


夜になると、鹿の声が山に響く。
この森のどこかにキミがいる。


暗闇にぼぉっと浮かぶ、ヤマボウシの花とキミを描く。


私の内に白く愛らしいものたちが息づいた。
こうして今日もまた少し、私の中の森が育まれた。




この森にも蛍が舞いはじめ、夜の森が楽しみな季節の到来。
私の大好きな季節、梅雨がもうすぐやってくる。



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プロフィール

Coo

Author:Coo
森のある暮らしを綴ったフォトエッセイ。 裏高尾、筑波山を経て、現在 京都・比叡山にて。 森の事、野草や薬草のこと、森料理、日々のあれこれなど。 森の風があなたのもとにも届きます様に。

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